サマセット7

96時間のサマセット7のレビュー・感想・評価

96時間(2008年製作の映画)
3.8
監督は「アルティメット」「パリより愛をこめて」のピエール・モレル。
主演は「シンドラーのリスト」「スターウォーズ・エピソード1/ファントムメナス」のリーアム・ニーソン。
制作・脚本に「レオン」「フィフス・エレメント」のリュック・ベッソン。

[あらすじ]
元CIA工作員のブライアン(リーアム・ニーソン)は、元妻の下で生活する娘キム(マギー・グレイス)を溺愛し、フランス旅行を申し出る彼女を大いに心配する。
元妻の説得もあり、やむなく娘を海外に送り出すが、心配は現実になり、娘はパリで人身売買組織に誘拐されてしまう。
アメリカから電話越しに娘がさらわれた様子を聞いたブライアンは、元CIA工作員の技量を活かし、娘の救出を誓って直ちにフランスに飛ぶが・・・。

[情報]
2009年公開の米仏合作になる、アクション映画。
ゼロ年代のアクション映画として、言及されることの多い作品の一つである。

今作はいくつかの文脈に位置付けることができる。
一つは、「有名俳優を主演に据えたB級アクション映画シリーズの先駆け」というもの。
デンゼル・ワシントンの「イコライザー」、キアヌ・リーブスの「ジョン・ウィック」といったシリーズといった、この手のジャンル映画のヒットの先駆けとなった。
元凄腕の殺し屋が、何かのキッカケで悪をぶっ潰すために動き出す、というこれらの作品群のストーリーラインは、今作を踏襲するもの、と言える。

また、今作は大量に存在するリュック・ベッソンの関連作品群の一つ、とも位置付けられる。
まさしくB級なアクション映画を粗製濫造しているリュック・ベッソンにおいて、今作は関連した作品の中では比較的ヒットし、一定の支持を得た作品である。

そして、リーアム・ニーソンの主演するアクション・スリラー作品群の先駆けとなる作品でもある。
今作自体がヒットして、シリーズ化されている。
また、アンノウン、フライトゲームなど、今作以降、リーアム・ニーソンを主演に据えたアクション・スリラー映画は多数作られることになった。
2023年現在、もはやリーアム・ニーソンは、ジャンル映画ヒーローと化した感がある。
シンドラーのリストはじめ、今作以前には性格俳優の印象もあったリーアム・ニーソンにとって、今作はキャリアの転換点と言える作品と言える。

今作は90分で、娘を攫われた元CIAエージェントが、誘拐組織から娘を奪還する様を描く、というごくシンプルな作品である。

今作は2500万ドルで製作され、2億2000万ドル超の大ヒットとなった。
批評家の評価はジャンル映画なりで高いとは言えないが、一般大衆から広く支持されている作品である。
漫画家の荒木飛呂彦氏は著書で、今作をサスペンス映画のベスト3に挙げている。

[見どころ]
娘を溺愛するが、普段は風采の上がらないダメ親父が、娘の危機に当たっては、容赦ないCIAエージェントに変貌するカタルシス!!!
今作の魅力は、このカタルシスが9割を占めているといっても過言ではない。
あとは、リーアム親父の狂った暴走ぶりをワクワクして観ていれば、90分の上映時間はあっという間である。
父親の、娘のためのウルトラマンになりたい!!!という、現実には鬱屈させられた本能的欲求をザクザク突いてくる、ドラッグのような構造を持つ。

[感想]
楽しんだ!

今作が凡百のアクション映画と異なる点は、リーアム・ニーソンの起用と活用にある。
彼の悲哀に満ちた演技と容貌は、作中のブライアンの、娘に愛されたいのに、うまくいかない父親の鬱屈を、余す所なく表現している。

彼の、誕生日プレゼントに関する「負け犬」の表情の見事なこと!!!

序盤に、情けない父親っぷりを縦横に見せ、それをリーアムが悲哀に満ちて演じるが故に、娘が誘拐される!!というときの、異様なまでの「現場慣れ感」の凄みが引き立つのである。

このあたりの、序盤にタメてタメて、観客にストレスを与えておいて、その後ドカーン!!!という流れは、ジャンル映画の一つの定型と化した感がある。

今作のクライマックスは、娘が誘拐され、電話越しにリーアムが啖呵を切るシーン。
後は、リーアムの無双っぷりを楽しむばかりだ。

今作のリーアム・ニーソンのアクションは、ジョン・ウィックやレイドといった他のアクションに力を入れた作品に比べると、特段の工夫は感じられず、比較的大味なもの。
カメラ使いも、イマイチ身体や自動車の躍動や位置関係がわかりづらいことが多く、他作と比べて抜きん出た点はないように見える。

今作の追跡パートの魅力は、どちらかと言うと、ひたすら無双なアクションよりも、リーアム・ニーソンの関係者に対する容赦の無さにある。
アクションの主人公がここまでする!??という非人道的行動が、一度や二度でない。
ピーター!!
電極!!
フランスの副局長!!!
全ては娘のための正当防衛!!
タガの外れっぷりは、ジャンル映画の勢いに乗せられて、謎の爽快感をもたらす。
娘のためだ!しょうがない!!!!
ズドーン!!!

正直、真顔で批評するようなタイプの映画ではない。
伏線と思ったら回収されない、とか、なぜ、このシーン入れた?という部分も散見される。
キャラクターの葛藤や成長も、描かれているのか、微妙である。
リーアムがピンチになっても、安心感がありすぎて全くハラハラしない。

でも、そんな欠点は気にしなくて良いと思う。
失墜していた父親の地位は、命懸けの大活躍で、見事に回復した!!
娘や元妻、その現夫からすら感謝される満足感!!!
我が宿願、果たしたり!!
世の娘から軽んじられている全ての親父たちが、号泣すること間違いなし。
これぞ、「男泣き」映画である。

[テーマ考]
今作はジャンル映画であり、テーマを論じるに向いていない作品である。

あえて言うと、今作は、娘を救うために、他者の生命身体を一顧だにしない、盲目的父性愛を描いた作品である。
リュック・ベッソン作品とあって、娘を守るための本能に衝き動かされて命懸けで戦う、という点に、レオンとの類似性がある。
リュック・ベッソンの嗜好については、ここでは触れない。
今作では、異常な盲目的父性愛は、あたかも善きことのように描かれ、リーアムパパも娘も、事が終わった後、何の反省もしていない。
ヘリコプターペアレントの危険性が叫ばれる昨今、それでいいのか…という疑問はある。

少し引いて観ると、今作の作品構造は、娘に軽んじられる父親、という主要ターゲット層の心理を上手に満足させるものとなっており、興味深い。

10歳くらいまでの娘は、父親にとって、それこそ目の中に入れても痛くない、という可愛さである。
それが、思春期の到来と共に、本能的反発を食らう。
これは自然の摂理なので、当然食らう。
かつての愛おしい存在からの、容赦なき反発。
世の父親は皆、多かれ少なかれ、鬱屈を抱えている。

男はウルトラマン、女はシンデレラ、というのは、有名な結婚カウンセラーの著述だが、狩猟を主な役割としてきた男性は、本能的に、他者の緊急時に役に立つ、ということを自尊心の柱としている傾向がある、らしい。

つまるところ、父親は、妻や娘が困った時に、役に立ちたいのだ。
それが、本当に相手から望まれているかは、別として!
ピンチに颯爽と現れ、解決する!!
それ以上に父親の自尊心を満足させるシチュエーションは存在しない!!!

年頃の娘に対する鬱屈からの、ウルトラマン的解決による、解放!!!!
今作が、父親心理を満足させる所以である。

このあたりの、偏向した男性視点も、リュック・ベッソン作品の特徴と言えるかもしれない。

[まとめ]
世の父親の自尊心を満足させる、 2010年代のリーアム・ニーソン主演B級アクション映画の先駆け的作品。

今作の好きなシーンは、娘が誘拐されると見るや、リーアムパパが録音機器を取り出して対応するシーンだろうか。
一気に見せてくる、只者じゃなさ!!!
この電話を介した父子の会話からなる一連のシーンは、緊迫感といい、リーアムの演技といい、B級どころではない、一級品である。