Kuuta

ファースト・マンのKuutaのレビュー・感想・評価

ファースト・マン(2018年製作の映画)
3.9
月面着陸成功という題材からしてアルマゲドン的なアメリカ万歳映画をイメージして見に行ったが、もっと孤独でホラー風味すら感じる作品だった。

フロンティアスピリットを突き抜けた先に待つ狂気。ケネディ演説をニール(ライアン・ゴズリング)が真顔で聞いている場面が印象的。地獄のようなコックピットに対し、世間からも金の無駄だと批判を受けているのに、不思議と「定位置に帰ってきたな感」が湧いてくる展開は、ハートロッカーのような、戦場に麻痺していく戦争映画も連想した。

IMAXで鑑賞。金属の軋む音や轟音、アラームなどの効果音と無音の使い分け。揺れまくるカメラワークや主観視点を生かした船室の息苦しさ表現。宇宙船を外から捉えるショットが極端に少ない事もあり、狭い船内が棺桶に、宇宙が「あの世」のメタファーに感じて来る。最初の飛行シーン、閉所恐怖症気味の私からすると、地球に戻れず高度が上がり始める絶望感がめちゃくちゃ怖くて良かった。

掴みが素晴らしいが、やや中だるみもあり、それでもラストは全体のトーンをキュッと引き締めていて絶妙。「セッション」「ララランド」から3作続けて同じパターンでダメ男の葛藤を描いているなと思った。

娘の病という「困難」にニールは理詰めで立ち向かうがあっさりと敗れる。飛行ミスが多い描写が、彼の父としての不完全さも示している。娘の喪失をきっかけに宇宙飛行士の訓練に入れ込んでいくのは、新たな一歩を踏み出したいという感情以上に、家庭から逃げ出したい、自分も死んでしまいたいという願望が強かったのではないか。

ニールの訓練シーンとカットバックされるのはジャネット(クレア・フォイ)の育児。夫婦それぞれが孤独な戦いを続ける。コックピットでニールの隣に座る同僚と同じように、ジャネットもママ友との友情を深める(あの金髪の奥さん、実際には自殺したらしい…)。

ニールには娘の不在が呪いのようにのしかかる。外で遊びたがり、素朴な疑問を持って視野を広げようとする子供達は、愚直に宇宙を目指す人類の姿そのもの。だからこそ、度重なる事故で彼らの父が死んでいく描写は「宇宙開発が将来の人類の首を絞めているのでは?」との疑問にも繋がる。

だが、呪いを背負ったニールにその疑問をぶつけるのは「遅すぎる」。人類とアメリカを背負っているようでいて、持ち込んだ私物からも分かるように、月面探査は1人の父としての戦いだった。「アラームが鳴っている→問題ない、続けろ」のやり取り、本当に問題なかったのか疑問に感じたが、あそこまで来るとニールもNASAもこれ以上引き下がれなかっのかもしれない。

月面では当初、金色のカバーを付けておりニールの表情が見えない。この姿は世界中の人が映像で見た「アームストロング船長」の象徴と言える。

一方でカバーを外した表情は、我々が2時間かけて見てきた「ニール」の感情が現れている。月に旗を立てる歴史的瞬間を、この手の映画お約束のヒューストンでの大歓声シーンを省略し、代わりに何を見せたのか。この部分に今作の描こうとするテーマが凝縮されている。

(あの巨大クレーターの前でアームストロングが何をしていたのかは、未だにわかっていないらしい)

月の世界、実際の白黒映像=「色の無い、政治に振り回された歴史的偉業」。地球、映画内で再構築されたニール視点=「色に満ちたニールの個人的達成」。クライマックスでのこの対比は「かぐや姫の物語」のようだった(日本要素が随所に挟まれるのも意識的なのかも)。

文字通り「ここではないどこか」に辿り着いた彼が、父としての葛藤から解放されるが、現世に戻ると虚無的に行き場を失い、ガラスで隔離されてしまう。ラストの切り方も絶妙。

ブレードランナー2049のレビューでも書いたが、ライアン・ゴズリングの真顔が良い。何か考えているようで、現実と向き合おうとしない弱さも感じる。ある目的のために孤独と狂気に沈み、家族や愛を捨てようとする主人公像はセッション、ララランドと全く同じだ。

音と映像でグイグイ押してきた過去二作とは対照的に、周到に配置された効果音や制約された画面構成で圧迫感を生み出す。力押しを控え、引いた作りに挑んだ意欲作、という見方もできるだろう。

月面シーンは私の中にも色んな感情が湧いてきた。達成感、物語が終わってしまう寂しさ、地獄のような景色の恐ろしさ、これだけの犠牲と金をかけて辿り着いたのが何もない荒涼とした世界、という皮肉…。

場面に応じたフィルムの使い分けで映像の質感をコントロールしているのも丁寧だし、CGでなく模型を多用するこだわりも良かった。美術がノーラン組のネイサン・クロウリーなのでインターステラーの技術も転用しているのだろう。ドッキング時の音楽など、2001年っぽいシーンも随所に。79点。家で見たら多分-5点。
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