小沢健二が岡崎京子のために書き下ろした、「アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」を完璧な形で聴くために見ました。
原作に特別な思い入れがあるわけではないのだけど、原作が持つ文化的な価値を考えると、今回の映画化はもっときちんとした、徹底した形で行ってほしかったというのが正直な感想です。
岡崎京子作品を語る上では無視できない、あの印象的なモノローグをどう映像で表現するか? それがこの映画に問われていた一番の課題だったと思うのですが、本作はそこをおざなりにして、徹底して説明的な映像表現を貫いています。それがなにを意味するのか。すごく意地悪に言って、これはもう完全な敗北宣言でしかないでしょう。
よく言えば、原作に忠実。原作を踏みにじるような作品ではないぶん、強烈なアンチは生まないだろうけど、これでは誰の心にも刺さらないんじゃないかな?と思うわけです。原作を超えないまでも、原作の漫画的で、ポエティックな作品世界(表現手法)に映画としてどう立ち向かうのか?というところを、というかむしろそこだけを期待していただけに、この試合放棄とも見える作品を見るとちょっと残念です。
といいつつも、二階堂ふみや吉沢亮の鬼気迫る名演には感動を覚えました。そこがよかったので、本当に惜しかったなと思うんです。
追記:
『リバーズ・エッジ』で描かれる強烈な虚無感や焦燥感、退屈は『トレインスポッティング』に通じるものがあるなと、映像化で改めて思う。そしてそれは00年代、10年代のそれとは決定的に違うもので、ものすごく大雑把な言い方だけれど、僕らはインターネットやスマートフォン、SNSに飼いならされてしまっているのではないか?ということを考えさせられるわけです。
作中で描かれる登場人物の、血や吐瀉物、精液のような生々しく傷だらけながらも、瑞々しい命の輝きや淀みにめちゃくちゃ心が惹かれている自分がいるのに気がついて、この映画がちょっと好きになりました(まぁでも、これは映画によって気付かされた原作の魅力ですね)。