やまもとしょういち

夜明けのすべてのやまもとしょういちのレビュー・感想・評価

夜明けのすべて(2024年製作の映画)
4.3
原作未読なうえ、私自身は三宅唱監督の作家性について何か語る言葉を持ち合わせてはないけれど、人間の不器用な心の動きそのものと、旧来的な価値観が見直されつつある社会に生きる市井の人々の人間関係のぎこちなさを丁寧かつ、(感傷的ではないという意味で)ドライにとらえた作品だなと思った。

『ケイコ 目を澄ませて』で主人公のケイコを通じて描いていたものが、藤沢と山添という2人の人物を通じて双方向的かつ多面的に提示され、ぎこちなく生きる私たちの世界をある種の理想、希望を目指して発展、展開するように映し出されていたのが印象的だった。

同僚とお菓子や食べものを分けあったり、山添の髪を切ってあげたり、藤沢はお節介だし、ある意味すごく愚直だ。それはPMSを抱えて生きる藤沢なりの処世術なのかもしれないが、それだけとも言えない何かがあり、実際に山添は藤沢の行動に触れて心を動かされていく。何気なく描かれてはいるが、藤沢によって不器用に切られた髪を確認して笑う山添に、藤沢にもらった食べものを食べて「おいしい」と笑う山添の姿にグッとくるものがあった。

映画として名づけようのない何かがあり、ぎこちなく高速で進む世界に生きる自分は、その見覚えのある何かに励まされる。

本作はどのように観ることもできるし、どこから観ても胸を打たれる何かがあると思う。そう思えるのは、まだ自分がこの社会に、自分自身を含めたこの世界に生きる人々に希望と呼んでもよさそうな何かを抱いているからなのかもしれない。

たとえば本作を異性愛規範に絡めとられない優れた物語、として容易に位置づけることはできるが、必ずしもそう観なくてはいけない、というわけでもないはずで、同じものを見て同じことを思わなくていいというこんなシンプルなことが難しくなった世界で非常に稀有な作品だなと思った。