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ビューティフル・デイのpanpieのレビュー・感想・評価

ビューティフル・デイ(2017年製作の映画)
4.3
トラウマを抱えたホアキン・フェニックス演じるジョーは殺し屋だ。
時々差し挟まれる幼少期の映像が凄い。
何やら事件に巻き込まれた様な映像。
他に戦争地帯での映像もある。
どれだけのトラウマを抱えているのだろう。
ビニールを被って呼吸が苦しそうで観ているこちら側も息苦しい。
ビニールを被ると落ち着くのか。
これは自殺願望なのか。
ナイフを口に入れたりナイフを上から落として足に刺さらない様にギリギリで足を引くを繰り返す所からもそれがうっすら分かる。
〝仕事〟の後始末にも無駄がないし不測の事態にも慌てない本物のプロの殺し屋だ。
金槌一つで鮮やかに〝仕事〟をして家に帰るとテレビの前でうたた寝している年老いた母親に優しくする事も忘れない。
前半部は殺し屋ジョーの〝仕事〟ぶりと日常を描いている。
そして中盤から家出をした政治家の娘ニーナを探し出す依頼が舞い込む。
その仕事が思わぬ方向へと動き出しそれはジョーの日常を大きく変える事になる。


音楽が凄い。
これが「ファントムスレッド」と同じ人の音とは思えない。
しかもレディオヘッドのジョニー・グリーンウッドなんだ!
映像にぴったり!
聞き取れない程の小さい音がやがて次第に大きくなってくるシンセの耳障りな音。
やがてその不協和音に美しいベース音が重なり束の間美しいメロディを奏でる。
延々と鳴り続ける弦楽器が奏でる不協和音。
そうかと思えば正確にリズムを刻むドラムの音にベース音が重なり心を揺さぶる。
素晴らしい!
あぁこんな陳腐な台詞しか浮かばない。
これで何も賞は取れなかったの?
彼の音がなければこの映画は説明不足のただの普通の映画だったかもしれない。
効果音が私の心拍数と重なる。
鼓動が早くなった。
〝仕事〟をする場面も白黒だったりどぎつくなく少女との性描写もないのだけど緊迫感が半端ない。
これは劇場で観る映画だった。
今日観に行けた事に本当に感謝した。



↓ここからネタバレあります。↓






ニーナを演じたエカテリーナ・サムソノフの透明感が眩しくてこれは彼女中毒のオヤジが略奪し返すのも何となく分かる。
背中があらわになったニーナが振り向いてベッドに寝ている誰かの手が彼女のあらわになった背中を撫でているシーン、なんとエロティックな事か!
彼女はいつも数を数えていてその美しい囁き声はカウントダウンしている様で観ているこちら側は緊張感が増す。
何かの映画か忘れたが辛い目に合っている子供はカウントダウンする事で辛い出来事を考えないように防御する事があると知った。
ニーナはどう見ても15歳前後で娼館に囚われていると言う設定は辛すぎる。
来る日も来る日も変態の相手をさせられて心は麻痺したままだ。
無表情のニーナはジョーの〝仕事〟を見ても顔色一つ変えずぼーっとしている。
感情がなくなってしまった。
麻薬でも打たれていたのかもしれない。
ゾッとする。
助けに来たジョーに抱きつきキスを繰り返すが恐らく今迄客にも同じ事をしろと言われてきたのだろう。
「そんな事はしなくていい」
ジョーが答えるとニーナはそれを止め無言でジョーを見つめる。
孤独だった二人の心が通い合ったと思った。
だからこそジョーはニーナの父親が自殺に見せかけて殺されても自分に関係した人達が犠牲となってもまたニーナを救うべく立ち上がったんだろうな。

母親の埋葬にはびっくりした。
外国の映画でよく驚く描写があるのだけど母親の遺体を抱きかかえて湖に服を着たまま入って行く。
「シェイプオブウォーター」を思い出した。
袋に包まれた死体の白髪が袋の破れた所から束で出ていて柔らかく水に揺れる。
自殺願望からかジョーの上着のポケットには無数の石が入れられていた。
沈んでいく母が何故かジョーにはニーナに見える瞬間があった。
ニーナが母親の生まれ変わりということか。
殺された母親の代わりに可哀想なニーナを守ってやらなくてはという事か。
慌ててポケットから石を出し水面へ上がっていくジョー。
ニーナを助ける為に。


ダイナーでのあのラストの突然の自殺のシーンにビクッとした。
血塗れのウェイトレスは笑いながら伝票をテーブルに置いていく。
一体何が起きたのかと釘付けになったがあれもジョーの妄想?夢?という事か。
実際にはジョーは寝ていて席を立ったニーナが戻って来て彼女に起こされ彼女は告げる。
「いいお天気よ!」
ここからbeautiful dayと付けたらしいが原題のYou were never really hereの方が合っていると思う。
二人の行く末に何が待っているのか想像しても明るい未来は見えてこないがお互いの家族を殺されて天涯孤独になった二人の逃避行が長く続いて欲しいと願った。
beautiful dayにはそんな力があった。


パルムドールは取れなかったそうだがカンヌで男優賞と脚本賞を受賞したそうだ。
パルムドールは「ザスクエア」が取ったそうだ。
うーん、どちらも良かったので私なら選べない。
甲乙付け難い。
サントラが凄くいい。
本当に音楽も賞が取れず残念。
今作に興味はあったが都合が合わないから観られないと思っていたらひょんな事から観る事が叶った。
素晴らしい映画だった。
この音を劇場で感じる事が出来て本当に良かった。
ラムジー監督作は「少年は残酷な弓を射る」を昔に観ているのだがもう忘れてしまった。
もう一度観てみようと思う。
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