tanayuki

散り椿のtanayukiのレビュー・感想・評価

散り椿(2018年製作の映画)
4.0
何事も意のままにならぬ世の中にあって、おのれを貫くことのむずかしさ、何があっても感情をあらわにせず、黙って耐え忍ぶことの重苦しさをこれでもかと見せつける、ハードボイルド時代劇。

妻の篠は亡くなる直前、夫・新兵衛に生きながらえてほしくてウソをつく。そのウソは、たしかに新兵衛が亡き妻のあとを追うのを防いだかもしれないが、彼の心を揺さぶり、篠の妹・里美にまで取り憑いてしまう。城代家老の横暴に腸が煮えくり返る思いをしながらも、自分の身代わりになって切腹した同志の思いに応えるため、おのれの感情を押し殺し、じっとチャンスを待つ采女。そんな采女に亡き妻の心を奪われたと勘違いした新兵衛は……。

「椿三十郎」で突入の合図に使われたように、椿の花はぼてっとまるごと落ちるのが常だが、なかには花びら一枚一枚別々に散るものがあり、それを「散り椿」と称するらしい。一人、また一人と藩の不正を正そうとした同志がこの世を去り、最後に残った一枚の花びらが散る間際に放つ鈍い輝き。

山本周五郎「樅ノ木は残った」を読んでも思ったが、不正を正そうとするだけで命を賭けなければいけなかった時代の閉塞感はいかんともしがたい。職業選択の自由がない世の中の、どうしようもない息苦しさばかりが澱のように沈殿し、鬱々として晴れない。彼らの才能と情熱を別のところで生かすことができたなら、と思わずにはいられない。身分社会ゆえの機会損失には計り知れないマイナスの力がある。メリトクラシー(能力主義)が当たり前になりすぎて、いまではそれさえも否定的にとらえる風潮があるけれど、身分や生まれではなく能力によって立身出世の道が開ける現代社会のありがたみを、いま一度噛みしめたい。

△2023/04/23 ネトフリ鑑賞。スコア4.0
△2018/10/08 109シネマズ二子玉川で鑑賞。スコア3.9
tanayuki

tanayuki