トモロー

ラッカは静かに虐殺されているのトモローのレビュー・感想・評価

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みなさんは、経験したことがあるだろうか?

突如、ビルの上から手足を縛られた人々が突き落とされる光景を。かつて楽園と呼ばれた広場で、ひざまづいた男たちが後頭部を撃ち抜かれて命を落とす様子を。街の広場の前に、斬首されたものたちの首と胴体がさらけ出された様子を。

こんな地獄のような有様が、当然のように日常のありとあらゆる場面で見る日々を、経験したことがあるだろうか?

シリア北部にあり、他の街からやや離れた場所にある田舎町・ラッカ。かつて平穏で隣人との祝宴を楽しんでいたこの街は、ISの制圧、そして彼らの首都にされてしまうことで、様相を一変してしまう。

①ジャーナリスト集団に強いられたのは、終わりのない恐怖への覚悟だった

ISは単なる武装集団ではない。ハリウッドばりの映像技術を駆使して鬱屈とした生活を送る若者を勧誘し、制圧した町々の子供たちには、ごく自然に殺戮や自爆による殉教を浸透させていく。

彼らのあまりの暴虐に、ラッカの人々はジャーナリスト集団『RBSS( Raqqa is Being Slaughtered Silently=ラッカは静かに虐殺されている)』で対抗する。

でも、彼らに待っていたのは、ISによる凄惨極まる虐殺だった。

国内に残った彼らの仲間や家族は、無残な拷問の末に殺されていく。世界中に散らばるISの構成員は、常に国外にいるRBSSのメンバーのいどころを突き止めては、脅迫と殺害予告を繰り返す。

父親や兄が殺される映像を見る彼らの表情は、悲痛には歪んでいなかった。ただ一筋瞳から涙を滴らせ、固い決意を口にするだけだった。

きっと、殺害の映像をもうなんども目にしたんだろう。自分の父や母が、姉や妹が殺される映像を観続ける気力が、果たして僕にはあるだろうか?

情けないことだが、正直、ただただ恐ろしいという言葉しか出てこなかった。

しかし、彼らの敵はIS以外にもいた。それは世論の「無知覚」だ。

ISがラッカを制圧した当初から今に至るまで、組織が支配する地域の惨状を伝えられるのはRBSSしかいなかった。それ以外のメディアは、その情報にたどり着けなかった。

そして、ヨーロッパに亡命した彼らを待ち受けていたのは、難民に対する誹謗中傷だ。

理不尽な暴力で故郷を奪われた彼らは、逃げ行った先でも差別を受ける。あまりに過酷だ。もうヨーロッパのいたるところで、ISによるものと思われるテロが横行しているのに。

いつ、どこで第2・第3のラッカが生まれるかわからないのに。

映像では全編を通して、RBSSのメンバーの途方も無い戦いへの絶望感だけが漂う。

でも、彼らは戦い続ける。遠い先、ラッカが解放されるのか、それとも、彼らが死ぬまで。

②関係スタッフとRBSSの想いを知った僕らにできることは、断絶させないこと

無知と無理解が世界を切り裂いていく。テロ集団の意図・無意図に関わらず、団結すべき人たちが勝手に分断されていく。

「空爆ではISは滅びない」

こう語るRBSSのメンバーの言葉が、耳にこびりついて離れない。歪んではいるものの思想であるISは、シリア内戦や政治の乱れで自由を奪われた人々の理想や願いを、巧みに吸い寄せているからだ。

常に死と隣り合わせでありながら、それでもわずかな手段でISに反抗し続けるRBSSの人々に、なんて言葉をかけていいのかわからない。敬意なんて言葉では足りないくらい、尊敬の念を禁じ得ない。

そして、マシュー・ハイネマン監督をはじめ、彼らの恐怖や決意に寄り添いながら常にその映像を撮り続けたスタッフ陣にも、同様の思いを感じる。

彼らの活動を知らなかった僕と、その惨劇を知ってしまった僕とでは、何かをしなければいけない。でも、日々の生活で僕らができることは、果たしてなんだろうか?

すぐにできることは、彼らのHPの右上にある「DONATE」から、任意の金額を寄付するというものだ。クレジットカードで対応でき、月額定額で寄付することもできるらしい。

それ以外で僕にできることと言ったら、彼らの活動について知った事実を、こうやって言葉にすること。あとは、今まで不寛容だった世界に対して、少しでも扉を開くことだけだ。

これが映画なら、悲しみなり喜びなりで終わりがある。でも、ラッカの街は今もなお、地獄と同義語のままだ。

でも、そんな悲痛にまみれた場所が、彼らにとって愛すべき故郷だ。友人と家族の血と肉が撒き散らされた土地が、また昔のような世界に戻ること、そして真の意味で国民のための政府が打ち立てられることを、彼らは信じて戦っている。

ドキュメンタリーというのは、元々「今まで知らない世界」を知るための作品ジャンルだと思っています。しかし、時にその知らない世界さえ、作り手のプロパガンダという名の手あかに汚れてしまうことは多いです。

しかし、今作は極限まで混じり気なしに、ラッカに生きる人々、彼らを救わんと戦うRBSSの人々の、文字通り死と隣り合わせの日常がリアルに描かれています。

そして、ISという組織が持つ、単なるテロリズムを超えた恐ろしさも。

残虐な映像と重苦しい空気ばかりが漂うその雰囲気は、観る人を選ぶかもしれません。しかし、この映画は評価の云々を無視して、平和に生きる僕たち日本人にとって、一度は観るべき作品です。

※上記のような理由と、この作品を見た心情から、レビューはつけていません。
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