トモロー

ビューティフル・デイのトモローのレビュー・感想・評価

ビューティフル・デイ(2017年製作の映画)
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①観客をけん引するのは、1人の男の怒りと弱さ

情け容赦ない暴力。年老いた母との密かな暮らし。エージェントのような男。連絡役。そして与えられる任務…。

元軍人であるジョーの脳裏にフラシュバックする、幼少期の暴力的シーン。戦場の凄惨な殺人や、目を背けたくなるおびただしい少女たちの死。

小説『you were never really here』を原作にした本作だが、その内容を知らない人は、冒頭から置いていかれる展開が唐突に始まる。

でも、それが「不親切だ」という感想は起きない。なぜなら、観客に押し寄せてくるのはそうした感情ではなく、「今、何が起きたの?これから何が起こるの?」という不安が招く不協和音だからだ。

物語は『レオン』のような、1人の男と少女に芽生えた絆に焦点が当たるのかと思った。でも、違った。

物語を最後まで牽引するのは、ジョーの「悔恨」と「怒り」だ。しかも、その対象は目の前で行われる大人のあまりに身勝手な行いではなく、自分の弱さだ。

金槌1つで警備・警察を難なく撲殺する屈強な男が胸に抱くのは、これまでに救えなかったものへの後悔。そして、そんな事態を招いた自分への怒り。

あるミッションを胸に動く男の生き様を描く時、時にスリリングでセクシーさがある。今作にはそんな要素はない。淡々とすぎる暴力と、二転三転させる展開が起こす不安感だけだ。

特にクリマックスからのラストは、作品のおぞましさを引き立たせるのにぴったりすぎる。終着点が見えてこない

②救うべき命を救ってさえ悶え苦しむ男が最後に見せる表情の意味とは…?

本来すぐに終わるはずだった、少女ニーナの救出ミッション。その最中にも、彼は今まで救うことができた命ではなく、救えなかった命に悶え苦しむ。

そんな彼に、今までとは一線を画す異常さを持ったミッションの裏の顔が襲いかかる。休む間も無く、どんどんすり減り表情を失うジョー。

常に自分の命を傷つけるように生きるその有様を演じる、ホアキン・フェニックスの演技が圧巻だ。

助けられる側のニーナを演じるエカテリーナ・サムソノフも、『ネオン・デーモン』で悪魔的美貌を披露したエル・ファニングに重なる。
美しく、儚げな少女の姿は、まるでジョーがかつて救えなかった少女たちの儚い命を象徴しているようで、怖い。

ラスト。彼が見る白昼夢とそこに続くワンシーンが、存分にこちらの恐怖心をくすぐる。でも、同時になぜか心地よさも胸に込み上げていた。

そう、この映画はバイオレンスと気味の悪さが蔓延しているのに、なぜか鑑賞後の心境には清涼感があるのだ。あれはきっと、ニーナとジョーが最後の最後で見せる表情にあったんだと思う。

あの感情のありかを説明するのは難しい。でも、エンディング中ずっと、この2人の行く末を考え続けていた。

③雑感

ややネタバレのような内容も書いてしまいましたが、今作の本筋は「ニーナは救われるのか?」という点にあるようで、その実「ジョーは救われたのだろうか?」という点にある気がします。

明確なメッセージを観客に届けているようには感じない作品ですが、おぞましさ、怒り、悲しみ、そして儚さと儚さを伴う美しさに、静かに静かに溺れることができる映画です。

あらゆる含みを持たせながら、胸糞悪さのない、清涼感さえ感じるラストがとても秀逸な傑作でした。
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