開明獣

ラッカは静かに虐殺されているの開明獣のレビュー・感想・評価

4.0
ラッカはシリア北部にある、のどかな地方都市であったという。そのラッカをISが侵略、イスラム国の首都とした。2017年に奪還されるまで、ラッカでは無差別の虐殺が行われてきた。この映画の原題、"City of Ghost"は、文字通り、幽霊の街と化したラッカの惨状と、ラッカを故郷とする市井の人達が情報発信を武器に命を賭してISと闘う様を描いたドキュメンタリーである。

Raqqa is Being Slaughtered Silently(ラッカは静かに虐殺されていく)略してRBSSは、ラッカに留まり、あるいは余儀なく国外に退避したメディア集団の名だ。余りにも危険なため、海外のジャーナリストが立ち入れないほどの危険地域ラッカでは、罪なき市民が銃殺され、斬首されることは日常茶飯事と化している。だがISは、プロの映像制作集団にプロパガンダのPVを作成し投稿していく。RBSSは、そんなISの偽りの姿を、本当の映像を投げかけることによって暴こうとする集団だ。

ラッカの町の中心の公園には、首なし死体が晒され、首は公園の柵に無惨にも逆さに刺されている。神の名を騙った狂気の集団は、子供達を洗脳し、自爆テロに使い、年端の行かぬ子供達に反対するものを銃殺させる。RBSSの支援者も、退避先のトルコで白昼堂々と暗殺された。メンバーの一人は、父親を処刑された動画をアップされた。21世紀のまっただ中で、人権など微塵も通用しない蛮行が行われてきていたのだ。

あるものは、アフリカ大陸から渡ってきた移民二世のフランス人、あるものは、パキスタンから親が渡ってきたイギリス人、あるものは、アフガニスタンから親戚を頼りに逃れてきたアメリカ人、あるものは、親戚がまだ北朝鮮にいる韓国人、などなど、移民を親や祖父母に持つ海外の友人が何人かいる。今でこそ、彼等は相当な努力をして勉学をし、社会に出て成功したが、若い頃はかなり苦労したし、親から聞いた祖国の話は相当に厳しいものだったようだ。そんな彼等は一様にこういう。

「君たち日本人には実感が湧かないだろうけど、日本に生まれたというだけで、既に勝ち組なんだよ。他の国から見たら、とても羨ましいことだよ」と。この映画を観て、少しその言葉の意味が分かったような気がする。だが、勝者と敗者を分けるものはなんだろうか?そもそも、何が勝者で何が敗者なのだろうか?

非道な組織に対して、抵抗するのは並大抵のことで出来ることではない。その勇気を称え、労うことに本作品の意義の1つはある。併せて、我我が知らぬ世界のどこかの窮状への理解を深めてくれた意義がある。

それを超えて、人間の本質は悪なのか、はたまた善なのか、それともかような二元論で語ることには意味がないのか・・・。ISのような組織は何故、立ち上がってくるのか?北朝鮮の様な無法国家は、ISの類型パターンの一つのようなもので脅威として今も存在するが、それは何故か?

非道を非道として片付けるのは簡単だが、それでは、問題の解決には何の役にも立たないし、目を背けているのは、現実逃避以外のなにのでもない。だからこそ、本作品に表れてはこないが、その背後に存在する課題は大きな壁として常に我々の眼前に屹立している。
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