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ニッポン国 vs 泉南石綿村のTSのレビュー・感想・評価

ニッポン国 vs 泉南石綿村(2017年製作の映画)
4.5
【国に突き刺す被害者たちの悲鳴】94点
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監督:原一男
製作国:日本
ジャンル:ドキュメンタリー
収録時間:215分
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今作を鑑賞し終えた段階で、原一男は日本が誇るドキュメンタリー映画監督だと確信しました。彼は狂人や市井の人々の後を撮っていくのが本当にうまい。前者であれば『ゆきゆきて、神軍』の奥崎謙三、そして後者は今作でしょうか。狂っているのは政府、国。これは泉南のアスベスト被害者たちと非を認めたくない国との戦いを描いた労作であります。215分と、凄まじい長さですが長さを全く感じさせない作品でありました。

戦後から大阪府の泉南市では石綿を生産する生業が盛んになっていました。が、石綿とはいわゆるアスベストのことであり、後々石綿肺という重病を抱えてしまう原因であるということが判明します。すぐに症状が出るわけでなく、20-30年という潜伏期間を経るということから「眠れる時限爆弾」とも呼ばれる模様。石綿を日常的に体に吸い込んでいた泉南市の労働者たちは時を経て苦しんでいきます。

石綿の危険性を知りながらも不当にその生産をさせていた国に責任があると、泉南市の人々は立ち上がります。実際、身内がこれが原因で亡くなっているわけですから黙っているわけにはいきません。ところが、国はなかなかこれを認めない。原告団の長である柚岡一禎を筆頭に、様々な人が署名を集めては弁護士と交渉をし、国と真っ向勝負をしていきます。その8年間の戦いを、文字通り時間をかけてカメラにおさめた原一男。無論、やらせのシーンもあるかもしれません。しかし原は、ドキュメンタリー映画はやらせがあるのは仕方ないことで、それを飛び越えて撮れたものが真実と考えている人なので、この作品におおよそ嘘偽りはないでしょう。奥崎謙三を彷彿させる官邸前での口論、塩崎厚労大臣が出てくるとこなんてのは演技ではできないところでしょうし、本物の葬式のシーンを映す映画なんてのもそうそうない。

毎回心が抉られたのは、普通にインタビューをしていた人の画面が静止し、字幕で何年何月に死去と書かれるシーンです。原はどういう思いでカメラを回し続けたのか。前回インタビューした人が、石綿による病気により亡き者になっているわけですから当事者はもちろん、原自身も相当メンタルにきたはず。最初は比較的緩やかに被害者たちのインタビューシーンが続くのですが、後半一時間は怒濤の展開です。

我々鑑賞者はたかだか三時間ほどしか見ていないですが、当事者たちはこの問題に8年も振り回されているのです。国がさっさと非を認めればいいものの、情けないことに国が最高裁に上告をする始末。判決の中身はともかく、三審制の厄介さが浮き彫りになった瞬間でした。三審制とは諸刃の剣ですね。それにしても国も国で対応が杜撰。厚労省の官僚が何回も無意味なやりとりをして原告団の場に戻るシーンなど失笑。彼らの怒りもごもっともであります。

世の中には様々な公害問題があり、現在進行形で解決していない問題もあります。今作のアスベスト問題はその一部なので、決してこれだけを特別視することはできないのですが、こういう映画を嘘偽りなく作り我々に伝えてくれることにより、ほかの公害問題、そしてそれに対する国への訴訟問題がいかに深刻で、強烈なものであるかということが垣間見れます。教科書の文面だけじゃ決してわからない、市井の人々の命をかけた運動がよりリアルに伝わってきます。こんなの、並大抵の精神の持ち主では到底撮りきれません。この問題をずっと撮り続けた原監督を尊敬したいと思います。
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