Kuuta

ビール・ストリートの恋人たちのKuutaのレビュー・感想・評価

3.7
「ムーンライト」のバリー・ジェンキンスの新作。肌に合う合わないがはっきり別れるタイプの作風だと思うが、私のツボにはまる監督だと、今作で確信した。ムーンライトから引き続き撮影(ジェームズ・ラクストン)と音楽(ニコラス・ブリテル)が見事。

美しく不条理な世界の中の孤独。社会的テーマと個人のアイデンティティの話のバランスが相変わらず良い。

空腹な男たち。ムーンライトでも「食卓を共にする」描写が多かった。「彫刻刀とフィッシュを失ったら…」と不安を吐露するファニー(ステファン・ジェームズ)に、「俺には何も無い」と応じるダニエル(ブライアン・タイリー・ヘンリー)のシーンとても良かった。どんなきっかけで全てを失うか分からない息苦しさ。絶望と孤独に取り込まれてしまったダニエルは、刑務所を出ても未来が見えないまま。

(この場面監督は「話の流れを止めてまでも入れたかった」とインタビューで語っているが、ラストの刑務所でお菓子を分け合う場面との対比になっているので、全体の構成としても必須だと思った)

正面から視線を捉えたショットは、キャラクターが自問自答しているようでもあるし、観客に問いを投げかけているかのようでもある。バリージェンキンスの代名詞となりつつある。

ムーンライトと同じく、黒人が犯罪に手を染めざるを得ない負のサイクルが登場する。メキシコ系のバーテン(ディエゴ・ルナ)やユダヤ系の不動産屋が黒人に手を差し伸べてくれる一方で、プエルトリコの彼女は…。彼女の気持ちも痛いほど伝わってくるだけに、あのシーンは色んな意味でキツかった。

恋愛、出産、結婚に関わる家族の描写。厳しい差別の時代であっても、普通の黒人の幸せがそこにはある。差別と立ち向かう革命家ではなく、淡々と生きようとする黒人たちの眼差し。娘夫婦のためにプエルトリコに向かう母親の覚悟、そして落胆。レジーナ・キングの迫真の演技は今作の見せ場の一つだろう。

19歳のフィッシュ(キキ・レイン)の目線で進む物語。初めて関係を持つシーンのゆったりとした緊張感、良かったなぁ(しみじみ)。一方で、精緻なパズルのように三幕構成が噛み合っていたムーンライトと比べると、フィッシュのモノローグと時系列入れ替えが脚本の中心となる今作は、話の推進力がやや足りない。

フィッシュが1人、ファニーとの関係の原点でもある浴槽の横に腰掛けていると水の音がボコボコと聞こえてきて、浴槽から胎児が現れる大胆なショットにジャンプする。こういう音の演出、場面の切り取りの巧さが随所に光る。74点。
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