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007/ノー・タイム・トゥ・ダイのHrtのレビュー・感想・評価

3.8
長い映画だった。
アヴァンタイトルと呼ぶにはあまりに冗長な冒頭の回想とイタリアでの優雅なシーン。
延期に次ぐ延期で幾度となくリリースされた予告編の見せ場の大半がこのイタリア、マテーラでのシークエンスであることもすぐに分かった。
007映画らしい欧州のロケーションでの派手な好き勝手は往年のそれを彷彿とさせ、『スペクター』からさらに緩くなったか?と頭をよぎる。
だがそれも認識としてはまだ浅い方で、本作に流れるものはダニエル・クレイグの007引退作に伴うおびただしい量のエモーションだった。
エモい。
クレイグ・ボンドの現代にフィットさせたシリアスさは今までの軽薄である種女性蔑視的なボンド像とは一線を画していたがここまでやってしまうのか、と。
もはや007としての任務を超越し1人の人間としての責務に回帰する。
そしてそれは仲間、友人そして愛する人だった。
近接格闘や銃器の構え方など、相変わらずスタイリッシュなボンド。その肉体性を剥がしたその芯にあるのは007では過剰なほどの愛だ。
愛の物語をクレイグ版は紡いできた。良いか悪いかは別としてその頂点が本作にあることは疑いようがない。
正直なところは『スペクター』のラスト、走り去るアストン・マーティンのカットで終わってても良かったというのが自分の感想だが、ノーミとパロマという007シリーズに新しいタイプの女性キャラクターが登場した点ではとても有意義に感じた。
この後の007役が女性になることは考えにくいが彼女たちがこの次のシリーズでも登場してくれたら大いに楽しめると思う。
ダニエル・クレイグには慰労と敬意を示したい。
50歳を過ぎてなお、本作でも無茶なアクションシーンに果敢に挑み、自らが切り拓いてきた本格アクション映画としての007を更新したと思う。
毎回ケガの情報を聞くたびに(コンプライアンス的にも)大丈夫?と思うが、様々な負傷をしながら彼は肉体、演技ともに史上最高のジェームズ・ボンドを演じ切った。
本作のクライマックスは「日本とロシア間」というキーワードから北方領土やそれら周辺のどこかでのアクション。
緯度的にもう少し厚着の方がいいのでは?というどうでもいい意見が頭をよぎりつつ、彼は化学兵器工場と化した島そのものを吹き飛ばすためにミサイル防御システムを解除しようと最上階のコントロールルームを目指す。その進路の途中で繰り広げられる上り階段での一連のアクションをとらえたワンカットは白眉。IMAXでの臨場感は他に代え難い体験だった。
今回の敵サフィンとの最期は165分の尺の割にはあっさりしたもので、実際顔を合わせた時間は10分かそこらだろう。
このことから本作は徹頭徹尾クレイグ・ボンドのエモーショナルなフェアウェルであることが分かる。これは本来の契約満了作だった前作には無かったものだ。
だから、と言っては何だが自分は蛇足に感じてしまった一作でもある。
しかし、繰り返しになるがダニエル・クレイグはこの時代遅れな様式美の007シリーズに多大な影響を与えたホール・オブ・フェイマーであり、彼の仕事には最大限の賛辞を贈りたい。自分の中でのジェームズ・ボンドと言われれば真っ先に彼の姿を思い浮かべるだろう。
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