むさじー

タクシー運転⼿ 〜約束は海を越えて〜のむさじーのネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

<広州事件を基に”正義”を問うエンタメ作品>

史実を基にしているが、実はかなりフィクションを盛ったエンタメ映画になっていて、観終わって、観客を惹き込んでいく展開の見事さに驚くと共に、正直“やり過ぎ”ではないかという感想も持った。
始まりは金欠のキムが、お金目当てで仕事を横取りしたものの、災難に巻き込まれていくコメディタッチだったが、光州に入ると何やら不穏な空気が流れてサスペンスムードになり、徐々に真相が明らかになり軍隊による殺戮が始まるとドキュメンタリー風の戦争モードになる。
そして広州から空港に向かうまではカーチェイスのアクション映画になり、ヒューマンドラマで締めるという見事さ。
映画の流れと共にキムの表情も変わる。
生活に汲汲とし政治には無関心なフツーのオッサンだったが、一人難を逃れ帰ろうとする途中、思い悩んで広州に引き返す。
これは外国人ジャーナリスト、デモをする学生、陰ながら軍部の横暴に反発する運転手仲間、皆が求めている正義に共感し、正義のための行動を意識した最初であり、ここから彼は変化していく。
もう一人正義とは何かを考えさせるのが、終盤の広州を出る検問所で、隠していたナンバープレートを見逃してくれた軍人の行為である。
この軍人にとっては軍隊の正義と自分自身の正義に多少ズレがあったのだろう。
追う側の軍部の行動が悪役に徹し過ぎていて、本当は敵なりの愛国心や正義で闘っているのだろうけれど、そのメッセージが見えない中で、唯一の救いになっているシーンでもある。
どんな闘争も、正義対正義の衝突から始まる。
だから、軍部の主張がもっと描かれていたら、対立の構図がより明瞭になっただろうし、更にカーチェイスを含むフィクションの盛り込み過ぎが、史実を基にした映画を薄味なものにしているとはいえる。
とはいえ、このエンタメ性が、悲惨な歴史を描く際に、救いの手になっているようにも思えて、一概に否定は出来ない。面白い映画だった。
それにしても、自国の負の歴史を美化し過ぎずに、エンタメ作品としてここまで描き切れる韓国映画界は凄い。
むさじー

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