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ファントム・スレッドのKuutaのレビュー・感想・評価

ファントム・スレッド(2017年製作の映画)
4.2
待ちに待ったPTA最新作。とても楽しかった。PTA入門としても見やすい部類の作品だと思う。

ミルクシェーク飲み干す系モンスターかと思いきや、その実は拗らせ系の結婚できない男であり、最後は追いバターに怯えながらオムレツを頬張る小市民として才能と共に骨抜きにされていく。優雅で女性向けな作品としてPRされてる気もするが、仕事中心な独身男性に刺さるやつだコレ…。

洋服は肉体を抑圧する一方で、魂を別人格にまで解放してくれる。デザイナーはそんなモデルの内面を見透かすように採寸し、マネキンのごとく全てを支配下に収める。そんな世界に憧れる女性、歯向かうアルマ(ヴィッキー・クリープス)、服に着られて倒れちゃうおばさん。

支配者と被支配者、影から操る3人目の主導権争いという構図はザ・マスターと全く同じ(1950年代という時代設定も同様)だが、物語的には今作の方がだいぶ分かりやすい。運転の交代や階段の高低使いで立場の変化を示す。嫌いなバターの焼ける音が、確実にレイノルズ(ダニエル・デイ=ルイス)の心を侵食していくようで。もこみちばりの給水の打点とか完全にギャグでやってるだろう。

年越しシーン(アルマがゲームに勝つ瞬間!)が入っていたのは、ブギーナイツファンとしては嬉しい限り。ドレス奪還のウキウキ恋愛感はパンチドランクラブを連想。サイコロ振るのはハードエイトだし、今回はなぜか過去作を思い出す場面が多かった。

プロポーズと共にドレスへの関心が薄れ、画面外へ消えていく。カメラワークが本当に美しい。結婚後はドレスの出番が激減する。母の亡霊をこの映画の雰囲気に溶け込ませる演出力。(母を追い求めた末に、その姿を遮ってくるアルマ。結局男が女性に求めるのは母性であり、普段は支配欲の方が強いのに、定期的に甘えたくなる)。

女性たちはレイノルズの危機にも淡々とドレスを補修し、アルマは彼のトラウマの印を偶然見つける。普段偉そうな「男らしさ」のあまりの脆さ。わざわざこのシーンに代名詞たる長回しを持ってきて見せ場にしてしまう辺りが、PTAらしい人間臭さだなと。何となく「フレンチアルプスで起きたこと」も思い出した。

商業世界に生きる完璧主義の変人ってPTA自身のことだろうと思ったら、インタビューでそう語っているようだ。時代の変化と戦う職人の話でもあるんだろう。

子供が生まれるのは引退するダニエル・デイ=ルイスや、すっかり大御所になったPTAから次世代に向けた意図があるのか。或いはPTAがずっと取り組んできた家族という「呪い」からの解放なのか。よく分からないが、とにかく歪んだ絆の先にある希望って感じで印象に残った。

ザ・マスターのオチが他者を介しない「個人」の確立だったのに対して、今作では新しい「家族」が成立している。ブギーナイツも血の繋がらない擬似的な家族の再生だったし、初めて一歩前に踏み出したような爽快感は感じられた。

今回は初めて父子(ジャックとエディ、プレインビューとH・W、ドッドとフレディ)ではなく、母子の話になっている。

従来は力を持った父親と向き合う「息子」視点の作品が多かったが、今回は主人公たる「父親」が妻にやり込められる話。気付けば自分自身が嫌っていたはずの父親になり、結婚し、家庭を持った。そんなPTAの立場や心境の変化が現れているのかもしれない。

アルマは優雅な社交界、明確な階級差、徹底したマナーの世界=レイノルズの世界を不快な音で打ち破っていく。ザ・マスターでは戦後の老いた国イギリスを擬似的な父の象徴に、アメリカをエネルギッシュな若者として描写したと思っているが、今回はあえてイギリスの老練な世界に浸かる感じ。地元アメリカ西部を舞台に映画の美を無邪気に追求していた初期作品と比べても、PTAの成熟を感じる。

2人の関係は食事を巡る他愛もない会話に始まり、ラストも同じような会話をしている筈なのに、意味が全く変わっている。貧しい生活を送っていたアルマの行動は純愛というより、どれも打算的に見えた。84点。
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