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ゲッベルスと私のpanpieのレビュー・感想・評価

ゲッベルスと私(2016年製作の映画)
3.9
顔中に刻まれた深い深い皺。
ブルンヒルデ・ポムゼル。
103歳。
ヒトラーの下宣伝大臣を務めたゲッベルスの秘書だったというポムゼル。
長い沈黙を破りインタビューに答えたのは何故か。


彼女は何度も「私は何も知らなかった」を繰り返した。
知らなかったから悪くないとでも訴えるように。
何処か釈然としないがもし自分が当時のポムゼルの立場だったら責められただろうか。
ナチス党員になったのも少しでも給料のいい職場で働きたいと思ったからであって決してヒトラーに賛同するとか政治的な事ではなかった。
当時のドイツ人は世界最悪の悪魔の所業を分かっていたのだとしても自分の身に降りかかるのが怖くて止めたくても止められなく何も出来なかったのだと思う。
中にはヒトラーに抵抗を試みる勇敢な人々もいて数々の映画で描かれているがあれは少数だ。
実際ドイツ人であっても同性愛者と言うだけで強制収容所に連行されたそうだし。
ただ彼女を責めるとしたら仲の良かったユダヤ人の友達エヴァに対する仕打ちだと思う。
ゲッベルスの下で働いていたのなら見るなと言われて見ないようにしていたとは言え強制収容所で何が行われていたのか全然知らなかったと言い切るポムゼルに不信感しか湧かないし何か良くない事が起きているとせめて友達だけでも救おうとは思わなかったのか。
派手に動かないまでもこっそりと教えていたらもしかしたらエヴァは助かったのかもしれないという淡い期待を持ってしまう。
戦後にポムゼルはエヴァが強制収容所で亡くなった事を調べるのだが何故そんなに心を占めていたのならドイツを離れる様に助言するとかエヴァが生きているうちに何か出来たのではないだろうか。
ドイツを離れても強制収容所へ送られた人も多かったから逃げられたかは分からないが友達だったのなら、安否を確認するほど気にかけていたのなら、偶然再会したあの時に何か出来たのではないか。
そもそもエヴァと偶然の再会の時にゲッベルスの下で働く事になったので来ない方がいいと言ったのはユダヤ人に対して恐ろしい事をしているのを知っていたからではないのか。
人は集団で何かを排除する時自分がこちら側にいる事に安堵しあちら側にされなかった事に喜びそして一致団結して排除する。
まるでいじめの構図だ。
最初は楽しんでいたとしても次第にやり過ぎだと気付いても時既に遅しでドイツ国民は引き返せない所まで来てしまっていたのかもしれない。
権力者に屈する姿はミルグラム実験で証明された通り。
あまりにも行動を起こさず無関心なポムゼルを見ているととても日本人に近いと思った。
ヒトラーも初めから独裁者ではなかったし国民も新しい自国のリーダーに期待したがそれが見誤ったと気付いても後の祭りで逆らえずドイツ国民は流されてしまっただけなのかもしれない。
許されないがそれが罪と責める事は出来ない。


ポムゼル自身の告白によればヒトラーやゲッベルスの演説を聞いてよく分からないけど演説に呆然と立ち尽くしていたら後ろの人から「拍手ぐらいしろ」と言われ拍手をしたと言っていた。
確かに導かれるままに流されていっただけとも言える。
現代の私達日本人も政治に無関心で流されてはいないだろうか。
イエスマンばかりで今の安倍首相に物申せない一強政治が段々と戦時下のドイツに近づいているのでないかと考え過ぎなんだろうけど考えてしまう。
言論の自由が無くなればこんな事言ってる私は即刻逮捕されて投獄されるのだろう。


ポムゼルのインタビューと並行して当時の映像が交互に差し挟まれる。
映像はないがゲッベルスの力強い演説から始まり外遊先の飼い犬のエピソード、当時のドイツ人の熱狂ぶり、ヒトラーユーゲント、次第に映像は無数の痩せこけた山積みの遺体を映し出し最後にはガリガリに痩せた裸のユダヤ人が映し出される。
中でも遺体を小さな荷車に乗せて運ぶ時腕や足がだらりと地面へ垂れ下がり「ラジオコバニ」の冒頭の遺体のシーンを思い出した。
掘られた巨大な穴に板の上を滑らせて上から落とされた沢山の遺体には小さな子供の痩せこけた遺体がとても多く胸が痛んだ。
戦争が終わりドイツの敗北が宣言されアウシュヴィッツに救出の手が伸びる。
肩車をされた人は見慣れた人間の姿ではなく一人で立つことも出来ず生きているのが不思議な程に痩せこけて骨と皮だけの骸骨の様な姿で全裸だった。
死の淵を彷徨った彼の顔に助かったということだろうか、笑顔が広がっていたのが忘れられない。


ポムゼルは2017年1月27日亡くなっている。
この映画制作は2016年、日本で公開されたのがその2年後だったのでその間に亡くなったことになる。
全然「ゲッベルスと私」じゃないじゃない。
「A German Life」の方がしっくりくる。
あんな恐ろしい戦争を二度と繰り返さない為にも間違った歴史から目を背けずに積極的に知る事が私達に課せられた課題だと思った。
もうすぐ8月15日が来る。
あらためて戦争について考えてみたい。
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