ゲッベルスと私の作品情報・感想・評価

ゲッベルスと私2016年製作の映画)

A German Life

上映日:2018年06月16日

製作国:

上映時間:113分

3.8

あらすじ

「ゲッベルスと私」に投稿された感想・評価

ラウぺ

ラウぺの感想・評価

3.8
収録当時103歳、その顔には深い皴が刻まれ、これまでに背負い込んできたものの大きさが偲ばれますが、その発言は100歳を超えているとは思えないほどにはっきりしており、記憶している当時のことを詳細に語っています。

戦後69年目にして当時のことを語るその内容は、厳格だった父のこと、政治的に無関心だった若い頃、ナチス入党の経緯、ユダヤ人の友達のこと、ゲッベルスの印象、終戦時のことなど、さまざまな内容に及んでいますが、全体を通してその発言を聞いてみると、やはりアドルフ・アイヒマンとの類似性を想起しないわけにはいきません。
アイヒマンは忠実なナチス信奉者ではあったが官僚的実務執行者であって、ホロコーストの主導的推進者ではなかったと主張、ハンナ・アーレントから「悪の凡庸さ」と評されましたが、ポムゼルもその立場は従属的で、宣伝省での勤務も職業上の要請であったとの主張で一貫しています。
政治的に無関心であったことをポムゼルは非常に大きく反省していますが、これはポムゼル一人のというより、現代にも通じる「サイレントマジョリティ」の本質的問題と考えられるのです。
ナチス党員であることが職業上の有利となることについては指揮者のカラヤンなどの例にみられるとおり、当時はありふれたことだったと考えられますが、ポジティブなナチス信奉者ではなかった市井の人々までが党員としてナチスに一定の関与をもつことでその運動を下支えした、という事実は非常に重要な問題と考えます。
ポムゼルが言うように政治的に無関心であること自体は断罪されるべき要素とはいえませんが、今日のように世界中でポピュリズムの嵐が吹き荒れる時代には、ナチスのような抑圧的勢力の台頭に対して無関心でいることなく、NOと言える積極さが健全な民主社会を守るうえで非常に重要な意味を持つと考えなければならないでしょう。

また、ユダヤ人の弾圧については部分的には見聞きしたものの、まさか大量虐殺が行われていたとは知らなかった、と答えています。宣伝省という政府の枢要な機関の、それもゲッベルスの秘書というナチスの中枢にいたはずのポムゼルのこの発言をそのまま受け止めてよいのかどうかは難しい問題ですが、映画は独白の間に強制収容所でのユダヤ人の様子やナチスの非人道性を告発する戦時中のアメリカ映画からの映像などを挿入することで、ポムゼルの知り得た狭い世界の外側では何が起きていたのかを映し出す構成となっています。

この独白を通して、抑圧体制の内部にいたということの特異性、そのなかで人々がどのような心理に陥るのか、ごく普通の人々が体制の歯車として否応なく嵌め込まれてしまうことの恐ろしさを目の当たりにすることになりますが、その中で今日的に最も重要な意味を持つのは、やはり、政治的無関心や社会正義に反する動きに対する不感症という個人の行動規範が、ときには破滅的結末を招く危険性を示唆している、という点にあるのだと思います。

今回の映画の公開に合わせて独白全体を収録した書籍が出版されていますが、全体を通してみると、ポムゼルがあえて語らなかった部分の異様さが際立つこととなり、意識的にか無意識的にか、全体的に自己保身と感じる要素が色濃く表れていて、大変興味深いものがありました。
かおか

かおかの感想・評価

3.9
モノクロで静寂な中
進む話が集中をもたらす。

昔のドイツは今の日本だなと感じさえもする。
ぜりー

ぜりーの感想・評価

4.1
独白の合間に挟まれるホロコーストの映像。画面に映されるゲッベルスの言葉もこの映像の前では空虚というか薄っぺらいというか…。
 しわくちゃの婆さんが、モノクロのアップで淡々と語っていくのだが、しだいに恐ろしくなってくる。
 第二次世界大戦当時の宣伝映画や記録フィルムの挿入は、このドキュメンタリーの監督によるもので、それによりナチス・ドイツがどんなことをしてきたのかが突きつけられる。
 宣伝相ゲッベルスの秘書だった彼女は、収容所の存在は知っていたが、そこでの虐殺の事実は「知らなかった」と証言する。
 戦後になってそれを学んだはずだが、当時はそうだったと言う。
 責任逃れでなく、そうだったと言ってしまうところに怖さがある。
 監督は、終戦時の連合軍が、ドイツ国民にユダヤ人の焼死体や遺骸を見せている映像も挟んでいる。彼女にもそのように、「残虐な行いを認識してもらう」という責任を込めているのだろう。

 しかし、戦勝に湧くということは、敵国の誰かが死ぬことであり、ドイツの民衆と同じことではないか。
 我々も、自国の行いがわからなかった、知らなかったではすまないのでは。
 悪は凡庸の中に潜むという、ハンナ・アーレントの言葉を思い出した。

 また、近代オリンピックの行進パターンやイベント性を高めたりしたのはゲッベルスである。ヒトラー・ユーゲントしかり、少年たちに誓わせて戦意を高揚させた。
 『民族の祭典』を見ればよくわかる。
 日本のオリンピックはどこへ向かうのか。
 
あやか

あやかの感想・評価

4.0
特に、ポムゼルの証言の合間に挟まれた、ユダヤ人たちの遺体が堀の中に滑り落ちていく映像が衝撃的で、背筋が凍る思いがした。
まよ

まよの感想・評価

4.5
まずカメラの前で、話してくれたことに感謝。貴重な映像史料です。
このようなドキュメンタリー映画がもっと観たい。
そして彼女の言葉にある揺らぎ。
その揺らぎこそが、20世紀のドイツを生き抜き、凡ゆることに整合性をつけてきた彼女らしさだと感じた。
それは鈍感力であり、また強かさでもある。

私は彼女の言葉から何を学べるだろうか。
「知らなかった」という言葉で自分を守り、無関心であることに安住する人間ではありたくないと思う。
しかし私が彼女だったら…同じように生きていた可能性を否定できない。考え続けたい。
癒厭

癒厭の感想・評価

3.5
本当にこの映画を見なかったら知らないことだし、知らなくても生きていけるけど、見て知ったら全然世界が変わる、ドキュメンタリーてすごいなあやっぱり。
ずん

ずんの感想・評価

3.7
見るまでこの人がゲッペルスかと思ってたら私のほうでした
白黒映像の中ずっと彼女があの頃のことを語ります
時々差し込まれる当時の記録映像
油断してたら最後の方に目が覚めました 絶句
jocx

jocxの感想・評価

3.5
ゲッペルズの秘書103歳の証言、このしわくちゃの女性が見たこと、聞いたこと、感じたこと、を淡々と話す。真実のフィルムが流れる。私は怒りさえ覚える。彼女はユダヤ人にしていた虐殺行為を「知らなかった。」と言った。真実は分からない。その後も、彼女自身がソ連軍の捕虜になりゲットーで過ごすはめにになる。ユダヤ人の友達を探したが亡くなっていたという。確かに彼女が悪い訳ではなく、戦争という狂った時代の波に飲まれたのかもしれない。でも、真実が分かった時「知らなかった」とは言って欲しくなかった。ゲッペルズのことはあまり語られない。当時の真実が語られるのかと思ったけど、結局、言い訳のように感じてしまうのは、私だけだろうか?心の底から亡くなったユダヤ人やレジスタンス、戦争の犠牲になった方に祈りを捧げたい。
Masumi

Masumiの感想・評価

4.0
ナチスの宣伝大臣、ゲッベルスの秘書だった女性の独白。
岩波ホール最終日に鑑賞、満員でした。

とても静かな映画ゆえ途中まではウトウトしそうですが(爆睡おじさんもいたw)
後半にいくにつれ映像の衝撃度が増していくので、心臓バクバクでした...
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