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「ゲッベルスと私」に投稿された感想・評価

甲冑

甲冑の感想・評価

4.0
権力側特有のいやいや知らんはずは…というのはあるが立身出世してそれなりにテンションが上がってた事も包み隠さず曝け出しておられ「あの時代の中ではどうする事もできなかった」「今の人は色々言えるけど絶対抗えない」「当時のドイツは子供へのしつけや体罰が半端なく厳しかった」(『白いリボン』のファシズムへの下地を思い出す)など発言が興味深い。合理主義が極まる中この方もまた職務や命令に忠実な典型的なドイツ人であったし戦争やファシズムは前兆なく生まれてこないものだな…と。
tarch

tarchの感想・評価

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クリスティアン・クレーネス、他3名共同監督。まるで昨日の事のように話す、独白当時103歳の鮮明な記憶と、衝撃の強制収容所のアーカイブ映像。凄まじい時代の悲しく恐ろしい歴史。死ぬも生きるも地獄とは、きっとこういう事なんだろう。
生き延びた彼女も、過去を背負い、一生忘れる事なく生きた。生きていれば、楽しみや安らぎもあったろうが、経験した深い傷痕は消えない。今尚続く、戦争。月並みだが、誰もが被害者にも加害者にもならない、平和な世界であってほしい。
(2022.146本目、映画館54本目)
ことり

ことりの感想・評価

3.3
言葉では言い尽くせぬほどの考えさせられるドキュメンタリーフィルムでした。彼女の話を聞いた今、ひとつだけハッキリ心に留めたことがあります。それは自分に与えられた選挙権の1票の重み!! 国の今後の方向性が決まる選挙権を放棄してはいけないということ。でも果たしてその選挙に、自分の1票を投じたい政治家は今後あらわれるのだろうか?
今この世界では、プーチンというヒトラーに次ぐ独裁者が台頭している。日本にも第3の独裁者が出現しないとは限らない。そんなことがあってはならないけれど、私はその時にしっかりと"No!"と言える人間でありたい。
白黒映像のせいで、やけに深く見える皺。悪意こそないだろうが、この撮り方は老いの「異形性」を際立たせる。それゆえ、おばあさんには失礼ながら、「ゼイリブ」の顔貌と重なって見えてしまった。いやでも事実、OBEYしちゃって生きてきた人のライフストーリーだよねこれ。
考えさせられた
自分がその場にいたら、蛮行を止めてたなんて言うのは簡単
たぶん、できない
ただ、今は戦争中じゃないし、命を狙われてるわけではないから、ちゃんと考えて行動することが大切だ
思考できなくなっている自分は家畜と変わらないと思った
『今の人たちはよく言う。
もし自分たちがあの時代に生きていたら、もっと何かしていた、と。
虐殺されたユダヤ人たちを助けたはずだ、と。
彼らの言うことは分かる。
誠実さから出た言葉なのだろう。
しかし彼らも同じことをしていたと思う。
国中が、ガラスのドームに閉じ込められていたようなものだったのだから』

なんと想像力に欠ける発言だろう、と僕は思った。僕も、彼女と同じく、「彼らも同じことをしていたと思う」という意見に賛成だ。

ナチスドイツでヒトラーに次ぐナンバー2だった、宣伝大臣のゲッベルス。そのゲッベルスの元で働いていたブルンヒルデ・ポムゼル。撮影当時103歳だった彼女が、カメラの前で当時のことを語る。

彼女の語り口で印象的だったのは、ゲッベルスについての語り口だ。

『上品でスーツの着こなしなどもビシッとしていた。
ただ、僅かに足を引きずっていた。
その姿は、少し可哀想だった。』

『オフィスではいつも紳士で、節度を失うことなどなかった。
ただ1度だけ例外があった。誰かを怒鳴っていた。
誰もが信じられなかった。
それ以来1度もない。
本来冷静で、自制心のある人よ』

これらは、捉えようによっては「ゲッベルスを良く評価している」と受け取れるだろう。彼女はこのような表現を随所に挟み込む。

これらの発言をどう捉えるかは、人それぞれだろう。「ゲッベルスなんかを褒めるとはけしからん」と受け取る人もいるだろうと思う。ただ僕は、彼女がこのような発言をするが故に、全体的に彼女の発言を信頼できる、という風に感じた。

何故なら、さすがに彼女も、「ゲッベルスを良く評価すれば、自分が悪い風に捉えられる」ということぐらい認識できると思う。なにせ、ヒトラーの腹心だ。ナチスドイツと言えばヒトラー・ゲッベルスというぐらいの存在だろうし、そんな人物を「褒める」証言をするメリットはまったくない。

そして、そんなメリットのない行為をしているからこそ、彼女は、少なくとも彼女の中で「正しい」と思うことを素直に喋っているのだろう、と感じた。

もちろん、人間の記憶は無意識の内に変わってしまうことはあるし、「ナチスドイツに深く関わっていた」という実感は、個人では抱えきれない大きなものなので、過去を忘れたい、起こった出来事を起こらなかったということにしたい、という力が働いてもおかしくない。

だから、彼女の証言は「真実」かどうかはなんとも言えないだろう。しかし少なくとも、「彼女自身は嘘をついている自覚はなく、彼女の記憶の中で正しいと思うことを喋っている」ということぐらいは信じてもいいのではないかと思う。

全体的に彼女の自己認識は、「自分は愚かなことをした。しかし、避けられるものではなかった」という風にまとめられるだろう。

『私も今の若い人たちのような教育を受けたかった。
私たちは、従順であることを求められた』

『あれが私の運命だもの。
あんな激動の時代に、運命を操作できる人なんているはずがない』

『どんな人であっても抵抗なんてできない。
体制に逆らうなんて不可能だった。
それをやろうとするなら、命懸けでないと。
最悪なことを覚悟しなければ。』

僕は、彼女が語るこれらの実感を「真っ当な意見」だと感じる。今の時代でさえ、先輩や会社の命令に逆らえずに、酷い行為をしてしまう事例は存在する。あるいは、森友学園問題の文章改ざん問題や、大企業での過労自殺など、組織の圧力に抵抗できない個人が犠牲になるケースもある。

今の、それなりに平和でそれなりに安全な現代日本でもこのようなことが起こってしまうのだ。ナチスドイツの支配下では、より過酷だったと言えるだろう。

しかし彼女の証言からは、その辺りの状況を理解するのがなかなか難しい。確かに彼女は、「ガラスのドームに覆われていた」とか「抑圧」などと言った単語で、「自分たちが一定の不自由の中に押し込められていた」と語っている。しかし一方で、ゲッベルスの直属になる以前に働いていた放送局(ここでも上司がゲッベルスだったことには変わりはない)の環境について、

『良い人が多かったし、居心地は良かった。だから気に入っていた』

とも語っている。つまり彼女は、その時代を生きるすべての人が感じていただろう、曰く言い難い「抑圧」を実感していた一方で、ナチスドイツナンバー2の直下にいながら、仕事上でその「抑圧」を実感することはなかった、ということだろうと思う。

あるいは彼女は、こんな発言もしていた。

『私は心が麻痺していたんだと思う。
それまでも人生の中で、恐怖を感じたことは何度もあった。
しかしあの時は氷のように冷静だった。
恐怖を感じる余裕すらなかったのだろうか』

「あの時」というのが何を指していたのか正確には忘れてしまったが、基本的には「ナチスドイツの支配下において生活すること全般」を指していたように思う。「恐怖」が常態になってしまっているが故に、それを認識することができないほどの環境だった、ということかもしれない。

映画の中では、彼女がゲッベルスの下でどのようなことをしていたのかあまり語られなかった。彼女は秘書だったそうなので、ゲッベルスの周辺のことをあれこれやるような立場だったのだろう。

また彼女は、封の空いた封筒を目の前に置かれ、「信頼してるから、中を見ないでくれよ」と言われた時のことについて、こんな風に話していた。

『信頼してくれている限り、私も裏切りたくない。
そんな自分を誇らしく感じていた。
好奇心を満たすより、信頼されることの方が大事なの』

どんな意図があってこの発言をしたのか、あるいは意図などなくただの思い出話なのか分からないが、全体的な主張としては、「だから私は、ゲッベルスが何をしていたのかよく知らない」と言いたいのだろうと感じた。

また冒頭では、

『与えられた場で働き、良かれと思ったことをする。
みんなのためにね』

とも言っていた。これもまた、「少なくともその当時は、自分の仕事は『良いこと』であり、『悪いこと』だと思ったことはない」という主張だろう。

この辺りの主張に関して、真実なのかを判断する材料は特にないが、僕は本当のことを話しているんじゃないかな、となんとなく感じた。

そしてその延長線上に、強制収容所に関する彼女の主張がある。これに関しては映画の中で何度も繰り返し言及されるので、彼女としてもどうしても主張しておきたいことなのだろう。

『強制収容所に関する噂を耳にした時、そんな施設に送られるのは、政治批判をするか殴り合いの喧嘩をした人物だろうと思った。
全員を刑務所に送るわけにはいかないのだから、まず収容所に送って矯正するのだろうと。
誰も深く考えてはいなかった』

『空になった村にユダヤ人を押し込めば、彼らも1つになれる。
私たちはその説明を信じていた』

『私たちは信じてもらえない。
みんな私たちが知ってたはずだと思ってる』

『ユダヤ人迫害の件は、誰も信じないけれど、私は知らなかった。
(終戦後)5年間(ソ連に)抑留され戻ってから初めて知った』

これらの発言も、特に根拠はないが、僕は信じていいだろうと思う。彼女はゲッベルスの部下として終戦を迎えている。給料は良かったそうだが、それにしても、さすがに強制収容所の実態を知っていたとすれば、そこに居続けられないだろうと思いたい。彼女はユダヤ人の知り合いもいたようで、そのような点からも、彼女の発言はそのまま受け取っていいように思う。

そしてむしろ、彼女の証言から、「ナチスドイツは、身近な人間にも強制収容所の実態を伝えていなかった」と理解できることの方が重要だと思う。その理由については可能性を2つ思いつく。1つは、「自分たちの行為が当然の如く当たり前であると思っていたから」。そしてもう1つが、「自分たちの行為があまりに酷い残虐なことであると理解していたから」。どちらの可能性もあり得るが、さすがに後者なのではないかなと思いたいところではある。

彼女の証言の合間合間に、ゲッベルスが残した言葉や様々な資料映像が流れる。その中で最も衝撃だったのが、ドイツが宣伝用に作った映画(公開はされなかったようだが)の、ユダヤ人を穴に放り込んで埋める映像だ。

痩せ衰え、街中で横たわっているユダヤ人を大八車のようなものに乗せ、滑り台のようなものに滑らせて穴の下に落下させる。穴の下にはドイツ軍兵士が待ち構えており、穴の中に隙間なくユダヤ人が詰め込まれるように配置していく。

という映像だ。正直凄まじいとしか感じられないし、人間が行ったことだとは思いたくないような衝撃があった。

映画の最後に彼女は、

『神は存在しないが、悪魔は存在する。
正義なんて存在しない』

と、喉をつまらせるようにして語っていた。

ネットで調べたところ、彼女は2017年に106歳で亡くなったそうだ。
okimee

okimeeの感想・評価

3.9
前半はがっつりめに寝てしまった。。

でもかなり貴重なインタビューじゃなかろうか。
103歳、しっかりしてらっしゃる。
真面目に仕事をしていただけなのに、知らぬ間に誰かの悪になっている。。

「国全体がガラスのドームに閉じ込められたようなもの」
「私たちも巨大な強制収容所にいた」

そしてドイツ制作の、未完成の映画。それ以降にユダヤ人の大量移送が始まる町の映像。
ダビデ星をつけた通行人も写っているなか、その人らが避けて通るのは理科室骸骨のような親子と思われる遺体。
彼らを運ぶのもユダヤ人だろうか?

終戦後にアメリカの記録映像として残された強制収容所のシャワー室の映像。
これも初めて見たが、あんなに生々しく手形が壁に大量に残っている。。
岩波ホールで初めて見た映画
説明できないけど見れてよかった。
極楽蝶

極楽蝶の感想・評価

5.0
貴重な証言を記録した映画。ゲッペルスの秘書を務めた女性ブルンヒルデ・ポムゼルが語るだけだけど、話に引き込まれます。彼女は秘めておきたかったことだと思いますが、人生の最後によく話してくれたと思います。
この証言を聞いていて思うのは、ハンナ・アーレントがアイヒマンの印象をまじめ公務員というように語っていたように、ブルンヒルデ・ポムゼルもゲッペルスを端正な紳士で、すてきな家庭を築いていたと話していることに、ある種の恐ろしさを感じます。ハンナ・アーレントやブルンヒルデ・ポムゼルが恐ろしいのではなく、恐らく時代が違えば普通の人間だった男たちが、恐ろしい謀略に手を染めて行ってしまうことに。
また、ブルンヒルデ・ポムゼルはユダヤ人が虐殺されていなかったことを知らなかったと語っていますが、僕は彼女の言葉を信じます。彼女は103歳にして嘘をつく必要はないし、たぶん僕たちも隣の家でどんなことが行われているのかさえよくは知らないのだから。
この証言は聞けば聞くだけ、新しい発見があるように思います。
ゆい

ゆいの感想・評価

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語りと当時の資料映像が交互に。
何年か前に岩波ホールで観た時、ほとんどの観客は年配の方だった。
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