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翔んで埼玉のsanbonのレビュー・感想・評価

翔んで埼玉(2018年製作の映画)
3.6
色んな要素が組み合わさって"ヒット"を呼び込んだ貴重な成功例。

今作は、今の"若者の趣向"を上手く汲み取り構築された、内容に反してかなり"やり手"な作品だと感じた。

まず特筆すべきは内容の"チープ"さだ。

今作は「東京」「神奈川」が2大関東圏として君臨し「千葉」と「埼玉」は下級国民として虐げられているという、悪ノリ全開のおふざけ設定が売りなのだが、実は原作は30年程前にたったの3話描き下ろされたきり未だ未完のままとなっているらしく、原作者の「魔夜峰央」も完全にやる気のない"見切り発車感満載"の内容がモチーフとなっている。

だが、今の若者にとってはストレートな笑いよりも捻くれた"シニカル"的な笑いの方が好まれる傾向があり、今作の特徴でもある「ディスり」や「毒舌」がことのほか"ウケる要素"となった為、見る人が見たら気分を害してしまいかねないこの筋書きは、30余年の時を経た今れっきとした"笑い"へと昇華されていた。

次に、そのチープな映画を撮る監督に「武内英樹」を選んでいるのも正解だ。

この監督は「のだめカンタービレ」や「テルマエロマエ」など、今作とどこか似通った"匂い"を漂わせる作品を何作も手掛けている。

何が似ているかというと、チープな内容であればある程そこに"予算を突っ込む"ところだ。

この監督は、くだらない所に金をかけるという"行為そのもの"が面白い事を熟知している。

特に、キャストに関してはこれ以上ない配役を揃える為に、最も金に糸目をつけず予算を注ぎ込んでいるように思う。

そのおかげもあり、テルマエロマエであれば「阿部寛」今作であれば「GACKT」のように、その人が出てるというだけで観たくなってしまうような"意外性"と"豪華さ"をいつも感じるキャスティングが際立っている。

これだけでも訴求力は十分すぎるほどに抜群といえよう。

そして逆説的な見方をすると、その意外性と豪華さを更に際立たせる要因となっているのもまた、作品自体にチープさが漂っているからに他ならないのだ。

今の若者は、この"相反するもの"が共存している「ミスマッチ」感も非常に好む傾向がある。

また、この手法に類似している監督としては「福田雄一」も挙げられるだろう。

こちらは、チープなものを最大限チープなまま表現して、それに反した豪華俳優陣に奇抜な演技をさせる事で面白さを追求しようとするやり方なので、武内英樹とは"同じ道の反対方向を歩いている"ような人ではあるが、やっている事は同じである。

ただ、笑いの表現の仕方も全くの真逆で、仮に福田雄一が今作を撮る事になっていたら、恐らくキャストがバカバカしさを隠すことなく、皆半笑いだったり笑いを堪えながら演じるのだろうが、武内英樹が撮るとギャグをギャグとしては撮らずに極めてシリアスに演出を施す。

つまり、ここにもチープをチープとして取り上げないミスマッチが活かされていて、どこか"舞台演劇"のような大袈裟な雰囲気がある今作には、この"馬鹿に本意気"になっている感じが妙に上手く噛み合っているのだ。

また、チープなものにお金がかかっている内容がウケるようになった背景として、今では「youtube」や「TikTok」など"素人"が作成した映像を投稿出来る媒体が非常に増え、目にする機会も一昔前までとは比較にならない程多くなったのが主な理由ではないかと思う。

これにより、"質の荒い"映像にも耐性が出来、むしろ目にする回数に比例して"親しみ"すら抱くようになってきた為、プロが撮る映像に対してもチープさは一種の"手法"として"確立"されるに至ったのだ。

また、現代の若者の大半は"低所得化"が著しく進み、贅沢の質も大幅に落ちて"質素"になったと感じている。

だからこそ、くだらないものにお金がかかっている事に"面白味"を見出しやすくなっているのかもしれない。

要するに「無駄遣い」を疑似体験出来る要素が、福田雄一や武内英樹の撮る映画にはあるので、ここへ来てこの2大監督はヒットメーカーになり得たのである。

そして、今作がロングランを記録した本当の理由は「BL」の要素があったからだと思っている。

僕には当然理解の及ばない領域ではあるが、女性にとっては意外と普及率が高いジャンルであると認識している。

しかも特徴的なのが、その"リピート率"である。

そういった趣向を持った人達は、気に入ったものがあればそこへの"金銭の溶かし方"が異常であり、こと映画に関して言えば"最高の環境"でお気にのシーンを拝むべく、何度も何度も足繁く通うらしい。

そうやってヒットを呼び込んだ作品として、今思い当たるものとしては「帝一の國」なんかがその好例にあたるのではないだろうか。

確かにGACKTと「伊勢谷友介」のキスシーンはあまりに濃厚で、好きな人が観たら昇天ものなのだろう。

これも、今の時代背景、若者の趣向をよく理解して演出していると強く感じる要素となっていた。

僕としては気分を害したが。笑

他にも、あれだけ散々下げて下げて下げまくった埼玉と千葉の地位を、最後に互いを認めさせあい上げてくる展開は、落差が大きかった分だけ上がった時の感動はひとしおで、不覚にも少しジーンとくる場面も用意されていたり、エンディングでご当地"歌ネタ"の名手である「はなわ」を起用している点なども、若者のニーズに応えようという抜け目のなさを最後まで感じたし、製作陣のセンサーの敏感さ具合が伺えた。

このように、①ディスりと②チープさと③ミスマッチと④ボーイズラブと⑤歌ネタという、"バズる要素"が全編に渡り凝縮されたような作りとなっており、SNS世代の伝播速度も味方に付けた事がヒットへと繋がったのだと解釈した作品ではあったのだが、個人的意見としては、ぶっ飛んだ要素よりも予想以上にストーリーが地に足付いたしっかりとした展開をする印象の方が強く、あまり笑いに昇華出来なかったのが残念なところではあった。

ちなみに、拘束されたGACKTが鼻の穴にピーナッツを入れられそうになって、鼻息荒く悶えるシーンは最高だった。
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