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カラオケ行こ!のsanbonのレビュー・感想・評価

カラオケ行こ!(2024年製作の映画)
4.1
「紅」を一発ギャグ化したセンス。

今作は、とある理由で歌が上手くなりたいヤクザと、変声期に悩まされる合唱部部長を勤める中学生の、カラオケで繋がる奇妙な友情を描いたオフビートなコメディ作品となっているのだが、これがお笑いの教材にしてもいいのではと思うほどに笑いのセンスが冴え渡ったハイセンスな逸品となっていた。

まず、お笑いの基礎としても有名な「緊張と緩和」が設定から展開に至るまで、随所に抜け目なく散りばめられているのが凄い。

それこそ、ヤクザというきな臭い職業人に歌を歌わせるという基本設定からして既に緊張と緩和なのだが、その理由も近日行われるカラオケ大会で最下位に選ばれると、罰ゲームとして組長に刺青の練習台にさせられてしまうという緊急事態でありながら、その組長は実は絵心が皆無であるというオチが付いていたりと、ドキッとさせる要素に気が抜けるオチを絡めるという、極めて基本に忠実な笑える要素が散りばめられていく。

そして次に「ズラし」の面白さにも徹頭徹尾溢れている。

人が"真面目"に"変な事"をしてる様が面白いように、今作でもボケ要員である人物がことごとく変なことに対して真剣に取り組んでいる姿は、微笑ましくもそれだけで面白い。

中でも、合唱部員で主人公と同じソプラノ担当の男子生徒が、声変わりに加えて最近絡まれるヤクザの存在に気を取られ、練習に身が入らない部長に対して明白な憤りを見せるのだが、至極真っ当な主張の筈なのに何故か周りは部長の肩を持つ状況に、徐々に彼自身が追い詰められていくといった展開は、緊張と緩和にズラしの要素も掛け合わされており、個人的には作中でも屈指の好きな掛け合いであった。

そしてなによりも、今作での一番の功績は「X JAPAN」の紅をあまつさえギャグに仕立てた事にある。

今作では、未だ熱烈な信者のいるバンドの代表曲を明確にイジり倒している事から、観る人が観たら憤慨するんじゃないかとすら思ってしまう程、紅がクオリティの高い一発ギャグの様になっており、それほどまでにこの楽曲をお笑い要素として成り立たせているのが凄いというか、着眼点の勝利としか言いようがなく、僕は今後紅の導入を聴いたら条件反射で吹き出してしまう身体にさせられてしまったと言っても過言ではない。

そして、この紅もまた緊張と緩和の象徴であり、ズラしの要素もある笑いと言えるので、作品のトーンが常に一定で終始ブレないのも心地良い。

また、今作の終着点を罰ゲームの回避でも、変声期の克服でも無いところに持ってきた所は非常に高く評価したいところ。

序盤から終盤にかけてじっくりと描いたそれぞれの悩みなのだから、普通ならばどちらかには望むべき決着を見せたいと思うのが当然であり定石なのだが、今作はそれを敢えてせずにある種意外な結末で締めくくる選択をしている。

だが、だからこそ今作のメインテーマが明確になる仕掛けにもなっており、鑑賞後はより一層の爽やかな感動を覚える作りにもなっているのはお見事という言葉に尽きるというもの。

そう、今作は課題のクリアがゴールではなく、ヤクザと中学生という本来なら決して交わらない筈の二人が"友達になる事"が物語においての主幹なのだから、目的失敗を示唆した上でその事実を最も効果的に表現してみせたラストは実に天晴れである。

笑いのセンスもバツグンで、しっかり感動にも触れられる一度で二度美味しい秀作であった。
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