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すばらしき世界のsanbonのレビュー・感想・評価

すばらしき世界(2021年製作の映画)
4.1
「性悪説」の証明か。

この作品の肝は、実在の人物をモデルにした今作の主人公「三上正夫」の人物像を「根は真っ直ぐで、優しい」としているところにあると思う。

「世に悪人がいる」事を前提に「それでも性は善である」と説いた「孟子」の「性善説」によるならば、生涯の大半を刑務所で過ごした三上もまた、そのような性格を踏まえれば、生まれながらの性質は善とも言えるのかもしれない。

しかし、個人的見解だが、貫きたい筋を暴力でしか通せない人間は、どれだけその理念が正しく真っ当でも"悪人にしかなり得ない"と思っている。

それこそ、長らく刑務所での生活を余儀なくされていたのなら、暴力以外での筋の通し方などいくらでも教え込まれたに違いない。

しかし、それら"理性"を全て投げ捨て拳に意志を委ねてしまうのだから、それはもう悪以外の何物でもないのではないだろうか。

命を傷付ける事は、世にある罪の中で最も重罪である。

それを長い時間をかけて理解させられた身分で、その衝動に抗えない時点でその人の根本が善か悪かは明白ではないか?

とはいえ、実際には作中の三上は何度も脳裏をよぎる暴力の衝動に必死で抗っていた。

しかし、抗う事に必死なあまり、別の方法での、真の意味での解決には向き合う事をしなかった。

そして、その無理が原因となり、元々弱っていた三上の身体は限界を迎えてしまったのだと、あの結末をみてそう思った。

三上にとって、暴力衝動の抑止は死へ直結する行いだったのだ。

そう考えると、"善い人"になろうと無理をする姿は、本来の三上の本質では全くない事を証明してるとも言える訳で、今作の言いたい事の根幹は実はそこにあったんじゃないかともとれはしないだろうか。

劇中で三上が出会う人達は、真人間を貫く僕らから見ても"善い人"達に見えた。

だからこそ、三上自身もそんな彼らの姿振る舞いに少なからず感化され、それに近づこうとした。

しかし、それがまずかったのかもしれない。

この事を踏まえてみると、この物語は「ギリシャ神話」にある「イカロスの翼」にも通じるものがある。

迷宮に幽閉されたイカロスは、蝋で翼を作り空を飛んで脱出するも、自由自在に飛べる事に自らを過信し、太陽にも到達出来るという傲慢さを持ったが故に、最後には太陽の熱で蝋は溶かされ墜落死してしまう。

これは、蝋で翼を作り飛び立った"勇気"と、自由を過信した"傲慢さ"を説いた神話であるが、これが真っ当になろうとした三上の勇気と傲慢さにも妙に当てはまる気がする。

三上にとって、善人とは太陽のような存在であり、決して近づく事の叶わないものだったのかもしれない。
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