"死んでとれる責任などないぞ”
土方艦長のこの台詞で子供の時にオリジナルを見て心に残っていた棘が溶けていった。
作劇された死は物語の筋運びのためだけに美しく演出されがち。
美しくない世界に背を向けた銀河艦長の母親の気持ちも死に場所を求めた山南艦長、加藤隊長と似ているのかも。
純粋な死に比べてると生はたしかに恥辱にまみれ醜い。だけど知的生命体の最大の長所は生を繋げ時代を超えてやり直せる事。
生は醜いが可能性であり、死は美しいが変更不能の「状態」。
最終章でどう展開するのか全くわからない。けどこの台詞を使ったスタッフがオリジナルと同じ選択をするとは思えない。
まさか2019年に宇宙戦艦ヤマトという赤錆にまみれた古典に目を覚まされるとは思わなかった。
それもまた可能性の楽しさ。