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愛がなんだのnihoのネタバレレビュー・内容・結末

愛がなんだ(2018年製作の映画)
4.4

このレビューはネタバレを含みます

予告みるからにヤバそうな映画なのに2019GWのテアトル梅田は連日満席でみんな自傷行為なのかと思った、アラサーでこんなの観てしまってすごいしみる。ヒリヒリした。

登場人物全員が大事なことを見ないふりをしていてずっと生ぬるく辛い。
守が唯一「ちゃんとしよう」としたときも、テルコはそれを拒絶するんだよね。手に入らないのに、失ってもいないから、恋のグリーフワークというか、失恋の手続きすら踏めない。
仲原が去ったときは、ああ仲原はほんとに幸せになりたかったんだ、と思った。
テルちゃんは幸せになりたいわけじゃないんだよきっと。幸せになりたいやつがあんなことすっかよ。

観ているわたしたちも、普段見ないようにしている(誰かにとっての守であったりテルコであったりする)自分の弱さみたいなのを見つけてしまって、心が痛むのかもしれない。会社帰りにcakesをよく聴くようになる。

今泉監督とHomecomingsが舞台挨拶に来る最高な日に観に行ったんですがそのときに今泉監督が、テルコはともすると痛々しいだけの浮いた存在になってしまうので、テルコを肯定する人物を作中に置こうとしたって話していて、テルコの元同僚(公園で話した子)をそれに置いたとのこと。「自分を登場人物に例えると誰か」という質問に今泉監督はこの同僚って答えていておもしろかった。人類は二つに分けられるのだ。

その元同僚がふと口にしてしまった通り、なにがあろうとも全ての優先順位の先頭を守にすることができるテルコ。自分より?そう自分より。いいのいいの。その執着の行き着く先は、call me by your nameの世界観とはかけ離れた、しかし同じゴールである「君になりたい」。愛がなんだっていうか愛ってなあに。助けて………
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