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岬の兄妹のdm10foreverのレビュー・感想・評価

岬の兄妹(2018年製作の映画)
4.2
【もう一つの「万引き家族」】

カンヌに行けるほど完成度が高いわけでもなく、キャスティングで客呼べるほど凄いわけでもなく、そこまで制作費が潤沢なわけでもなく・・・。
でもこの映画に関していえば、そのどれもが正解だったのかも知れない。
どことなく荒削りで、いわゆるメジャーも特に出ていないし、大掛りなセットが組まれているわけでもない。

・・・ただ「生々しい人間」がそこにいる。

今作は単純に日本の「負の縮図」というようなステレオタイプな描き方ではない。
確かに「貧困」、特に「ワーキングプア」に関しては日本でも問題になっているし、最近発表された統計では40代~50代のいわゆる「働き盛り世代」の引きこもりの割合が20代のそれを上回ったというのも笑えない日本の現状。
だけど、その中で「生きる」という選択をしていながらも器用に生きられない人間を不格好なまでにリアルに描いている。

―――とある寂れた港町に足の不自由な兄「良夫」と自閉症の妹「真理子」が暮らしていた。
良夫は造船所で働きながら障碍を持つ真理子の面倒を見ていた。
しかし、働けども働けども暮らしは厳しいままでその日を生きることで精一杯。
ある日、真理子が行方不明となってしまう。
良夫は必死に探すが見つからない。
しかし、夜になって釣り人が保護してくれていたことがわかり引取りに行く。

「ありがとうございます。ありがとうございます。」

何度も頭を下げる良夫。
家に帰って真理子がお風呂に入っている傍らで脱ぎ捨てられた服を片付ける良夫。
すると真理子のジャージのポケットからクシャクシャの1万円札が出てくる。
妙な胸騒ぎを感じた良夫は真理子の下着を確かめる。
そこには男との行為の名残が残っていた。
愕然とする良夫を尻目に「ぼうけん♪ぼうけん♪」とはしゃぐ真理子。
恐らく先ほどの釣り人に(一緒に楽しい冒険しようか)みたいなこと言われて付いて行ってしまったのだろう。

(なんてこった・・・)

しかし、その1万円は自分が必死になって働いても中々手に入らない金額。
やがて仕事も失い「今日」すらも生きられない状況が迫ってきたとき、良夫はついに禁断の選択をする。

「なぁ真理子・・・また冒険するか?」

「障碍者の描き方」云々というのはこの映画で言うところの、むしろ真逆にある言葉なんだと思う。
良夫は真理子を足手まといとは思ってもいないし、ただ単に「たった一人の大切な家族」と思っている。
お母さんがいた時もきっと貧しさにあまり変わりは無かったのかもしれないけど、どこかでこの二人は「お母さん」という逃げ場があった。
物語の随所に「未だに母の死を受け入れたくない兄」と「母が死んだという事すら理解できていない妹」が描かれていたが、それが現実を客観視させているというか、どこか人事のようにすら感じる。
しかし、徐々に悪化していく状況。
家賃や公共料金の滞納。
人目を避けるかのように窓という窓を塞ぐように張られたダンボール紙。
電気を止められ、食べるものもなくゴミをあさり出す・・・。

悲惨?悲劇?

どうだろう。
何故か僕にはそうは見えなかった。
「滑稽な喜劇」とまで昇華はされてはいないけど、この二人の繋がりの強さや深さがとても心地よくて、バカにされても親友に怒鳴られてもヤクザに捕まって真理子が犯されても、それでもこの二人は昨日と同じように前を向いてまた歩き始める。

妹の売春を斡旋する兄に対しても「自分の存在を肯定されている」気がして嬉しくなる真理子。
彼女は純粋に「好き」と言って欲しいだけ。
だから見ず知らずの男たちの慰みものになりながらも笑顔で「私のこと好き?」と聞く。
どんなに軽んじられても、この瞬間だけは自分を好きで抱いてくれている。
だからお仕事が楽しいのだ。
お兄ちゃんの携帯がなるたびに次の「おしごと」と喜ぶのだ。


夜、庭で手持ち花火に興じる二人。
楽しそうにはしゃぐ真理子はなかなか止めようとしない。
「もうおしまい、終わりだよ。真理子」
「おしまい?・・・おしまい。お母さんもおしまい?」
「・・・そう、おしまい。」
自分の口から出てしまえば「現実」として受け止めざるを得ない言葉。
真理子が何気なく放ったことでゆっくりと受け入れていく良夫。

傍からみれば「救われない兄弟」かもしれない。
だけど、どこか強烈に生きている感じがビンビン伝わってくる。
歪な繋がりかもしれないけど、こうやってでしか繋がれない二人。

これは「必ず見るべし!」と万人にお勧めするタイプの映画ではないのかもしれない。
でも、観た後では確実に「残る」映画でもある。
中毒性?それともちょっと違う。ただ、あの兄妹の行く末をもう少し見守ってみたい、そんな気になってしまうのだ。

ラスト、また行方不明になる真理子。
なんとか海岸の岸壁の際に立つ真理子を見つける良夫。
すると携帯の呼び出し音が鳴り響く。
(おしごと?)
にっこり笑う真理子。

遠い未来の予想図は描けないけど、今日だけの話をすれば誰よりも「生きている二人」なのかもしれない。

途中感じた既視感・・・
あれは「万引き家族」なんだろうか、「火垂るの墓」だったんだろうか・・・。
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