エイデン

ジョーカーのエイデンのレビュー・感想・評価

ジョーカー(2019年製作の映画)
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1981年、アメリカの大都市“ゴッサム”
この街は酷い不況に見舞われ、貧富の差が拡大したことにより、衛生局がストライキを行ったことでゴミが溢れてしまい貧富の差が拡大したことにより、治安は悪化の一途を辿っていた
そんなゴッサムで暮らす心優しいアーサーは、病弱な母ペニーを支えながら、道化師の仕事で食いつなぐ日々
彼は脳と神経の損傷で、感情が高ぶると突然笑い出してしまうという発作を抱えており、ソーシャルワーカーによるカウンセリングと向精神薬によって社会に何とか溶け込んでいた
ある日、アーサーは路上で仕事をしていると、不良少年達に邪魔をされたばかりか暴力を振るわれ、厳しい現実に打ちのめされる
それでもアーサーは笑顔を振りまくことを使命としていた
母ペニーは苦しい生活から脱するため、30年前に屋敷に仕えていたというゴッサムを代表する実業家にして市長選候補者のトーマス・ウェインに援助を願う手紙を何度も送っていたが、返事が届くことはなかった
それでもアーサーは、楽しみに観ている人気トーク番組“マレー・フランクリン・ショー”を観ながら、コメディアンになる夢を追いかけていた
かつて彼が番組の観覧をした際に、司会者のマレーはアーサーを壇上に引き上げ、笑顔を振りまきたいという彼の夢を称えてくれたのだ
翌日、道化師の派遣会社へ出社したアーサーは、昨日の事件を聞いた同僚ランドルに、身を守るために持ち歩けと拳銃をプレゼントされる
懸命に生きるアーサーだったが、それがきっかけとなり、人生に暗い影が射し始め・・・



DCコミックスを代表するヴィランであるジョーカーの誕生を描いたサスペンス・スリラー

緑の髪に白塗りの顔、紫の服を着て裂けた口で狂気的な笑顔を見せる姿は、アメコミファンでなくても印象に残っているはず
人気キャラではあるけど、企画段階で話を聞いた時には、そのオリジンに2時間かけるとか正気かよと思ってた
結果まあ正気ではなかったけど

あの強烈なキャラを見ると、最初から狂気の化身だったようにも思えるんだけど、本作の主人公アーサーはビックリするくらい普通のオジサン
ティム・バートン版『バットマン』の凶暴さも、『ダークナイト』の洗練された悪の雰囲気も、『スーサイド・スクワッド』の不気味さも無い
本当に普通のオジサン
精神の脆さを抱えながらも母の介護を献身的に続け細々と暮らしている
ちょっと変わってるけど、笑顔でいることで周りの人を笑顔にすることを夢見る、むしろ意識の高いオジサン
それがどう悪に染まるのかという部分がこの映画の全てだった

作中何度もジョーカーにならない道もあったのは事実で、ただアーサーはジョーカーになる道を選んでしまった
誰かがアーサーの声を聞いてやればよかった
誰かが真摯に向き合ってやればよかった
誰かが社会に訴えかければよかった
誰かが社会を変えればよかった
誰かが救いの手を差し伸べればよかった
生きる中で不満を抱えることも、どうして思い通りにならないのかと憤ることもあると思う
誰かに救ってほしいと思うこともあるだろう
鬱屈して溜まった感情をぶつけたくなる時も
そんな苦しむ人々全てを救う社会は存在しないし、救いの手を差し伸べる誰かは都合よく現れない
この世界は完全じゃないし、スーパーヒーローはいないのだから
本作のジョーカーは、そんな社会が産み落としたコメディアンだ
「人生はクローズアップで見れば悲劇だが、ロングショットで見れば喜劇だ」
作中でも映画『モダン・タイムス』の中で登場する喜劇王チャールズ・チャップリンはそんな言葉を残していて、それに近しい言葉をアーサーは怨嗟のように吐いている
『モダン・タイムス』も、主人公チャーリーが世知辛い社会に打ちのめされていく様をコメディチックに描いた作品でもある
そんなセリフを聞いて、何となくシェイクスピアの『マクベス』のセリフを思い出した
「人生は歩きまわる影法師。あわれな役者だ。舞台の上で喚いても、劇が終われば消えてしまう」
人生の虚しさに気付いてしまったアーサーは、笑うしかなかったのかもしれないし、その真意を垣間見て理解できてしまう辺りが、本作の持つ恐ろしさ
そんな社会に踏みにじられている人は現代でも少なくないと思う
アーサーが闇に堕ちていくに連れ、心なしか応援している自分はいないか?
偉大な社会への反抗者として祭り上げてはいないか?
そんな誰もが笑顔を武器に立ち上がることができてしまう
よく観てほしい
画面に立つジョーカーは、正気を失ったヴィランか、腐りきった社会に対するアンチヒーローなのか
ジョン・ミルトンは『失楽園』で悪魔ルシファーをヒロイックに描いたけど、本作もそんな描き方をしてる

まさしく今の社会にこそ映えるキャラクターだし、それを怪演したホアキン・フェニックスは本当に素晴らしい
あの悲壮感さえ感じる笑い声は、鑑賞者の心を完全に呑もうとしてくる
アメリカじゃ子どもに観せないようにとの注意喚起がされてるみたいだけど、納得できるほどの芯に迫るキャラクターになってる

自分は救いの手を差し伸べられる誰かに巡り会えているかもしれないけど、手を差し伸べる側になれているのかというのも考えてみてほしい
あなたはジョーカーにならなくても、あなたが目を背けた誰かは、闇に堕ちていっているかもしれない
くれぐれもこの映画を悪への賛歌だとは思わないでほしい
ジョーカーとはコインの裏表のようなヒーローだっているんだ
ジョン・ミルトンの言葉を残そう
「人間はその崇高な精神で、天国を地獄に、地獄を天国に変えることができる」
誰でも悪になれるかもしれないが、誰でもヒーローになれる
誰かを地獄から救えるのも、あなたなのかもしれない
特別なことをしなくてもいい
「傷ついた少年の肩に上着を掛けて、世界の終わりじゃないと励ませばいい」
エイデン

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