うめまつ

ジョーカーのうめまつのレビュー・感想・評価

ジョーカー(2019年製作の映画)
4.0
長い長い綱渡りのダンス。怒りと妄執と葬いと再生と祈りのダンス。さぁ悪夢と手を取り合って、冷たい床を忘れる為に爪先が擦り切れるまで踊り続けよう。血で滴る足跡が私の生きた証になる。寂しくて寂しくて寂しくて寂しくて寂しくて寂しくて寂しくて「孤独」という言葉さえよそよそしい他人の顔をしている時は、もう笑うしかないんだって事私はいつから知ってたのかな。踊りが感情を伝える手段であるならば、彼は今世界最高峰のダンサーであろう。滑稽で悲惨で見窄らしくて美しい。腹を割かれてのたうつカマキリのようにも、羽根を毟られながら求愛する鳥のようにも見える。その痩せこけた全身に只ならぬ妖気を纏いながら「私を見て」と伝えてくる。踊りとは生命を震わせることなのだ。

想像してたより数十倍お洒落な映画でびっくりした。全ショット全アングル全サウンドに隙がなくてその圧に喉がキュッと狭くなる。壁の血糊さえそのまま額に収めて飾りたいくらいファインにアートしてた。でもこれは神の視点とは違う。誰にも見えない心の内膜で見た世界。だからこんなにもビジョンが鮮明でショッキングなのに滑らかで不思議なくらいしっくりくるんだろう。音楽が自分の身体の内側から鳴っているようにさえ錯覚した。何度も。

善とか悪とか妄想か現実か悲劇か喜劇かなんてどうでもよくなってしまう魔力がこの作品にはある。脳が熱く痺れ指先はじんと冷え価値観が足元から揺るがされる。それは映画体験としてはとても心地良くて身を委ねそうになるけど、同時に描かれていることへの肯定感を促されるようで怖ろしくも感じた。筋書きに沿って狂わされるジョーカーがマリオネットのように見えて不憫だった。私はジョーカーよりアーサーの方が断然好きだ。自分の弱さで誰かを傷つけないように、必死で耐え続けている人には独特の密やかな色気がある。どうかアーサーのままで居て、と願わずにはいられなかった。あの綺麗な睫毛に縁取られた優しい瞳を忘れない。
うめまつ

うめまつ