亘

テルアビブ・オン・ファイアの亘のレビュー・感想・評価

3.8
【笑顔の対立】
パレスチナのTV局で働くサラムは、人気ドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」の言語指導をしていたが、アイデアが採用されたことから一躍脚本家に昇進する。しかし脚本初挑戦の彼は行き詰まり、毎日顔を合わせるイスラエルの検問所の司令官アッシにアイデアを求め始める。

パレスチナ問題という微妙な問題をコメディにした作品。この問題を扱った作品は多いけれどもコメディ作品はほとんどない。パレスチナ問題を知らずとも笑える場面も多数あるが、その笑いの背景を知るとより理解が深まる。コメディにすることは画期的だと思うし、比較的見やすいのでパレスチナ問題を知るきっかけとして良い作品だと思う。

サラムはエルサレムに住むパレスチナ人。ヘブライ語が堪能なことからTV局ではドラマ「テルアビブ・オン・ファイア」のヘブライ語指導を行っていた。彼の働くTV局があるのはパレスチナのラマッラー。エルサレムに暮らす彼は毎日出勤にはイスラエルの検問所を通っていた。

ある日彼は検問所で司令官のアッシに尋問される。そこでサラムは脚本家だと嘘をつきアッシから一目置かれる。そして脚本への注文を受けるのだ。しかもそれが実際に採用されてサラムが脚本家に昇進してしまう。

脚本家になってからサラムは板挟み。[パレスチナ側:制作陣・スポンサー・視聴者の声]と[イスラエル側:アッシの要求]の間で右往左往する。アッシの要求を入れてイスラエル側の登場人物を良い人物に書けば、スポンサーから反対されるため製作陣も難色を示す。イスラエル人とパレスチナ人のロマンスを書いても視聴者からは不評となってしまう。

一方アッシの要求を無視すれば、彼の日常生活そのものが危うい。
本来であればサラム自身パレスチナ側なんだけど、アッシなしで脚本書くのは難しいし、何よりアッシに逆らっては普段の通勤もままならない。脚本のアドバイス料にパレスチナのフムスを要求し、さらには通行証まで取り上げようとするアッシの職権乱用ぶりは、コミカルだし本作の中でも笑わせるポイント。ただこれはイスラエルによるパレスチナの実効支配を表しているようにも思う。

サラムはパレスチナ側とイスラエル側の間をうまく切り抜けてきたが、最大のピンチはラストシーン。アッシには、「イスラエルの将軍とパレスチナ人女性スパイの結婚」という融和にも見えるシーンを約束。ただこれはパレスチナ側の視聴者やスポンサーには受け入れがたい。イスラエル人を良く描くことは受け入れられないし、何よりイスラエルの将軍の妻になるのはパレスチナの誇りを捨てたようなものだからだ。

サラムの苦渋の選択から出される結末は、思わず「お前かい」と突っ込みたくなるもので、本作の中で一番笑った。ドラマの続編も見てみたくなった。とはいえこのラストもイスラエルとパレスチナの融和がうまくいきそうで行かないという現状を表しているように思う。

印象に残ったシーン:アッシがフムスを食べるシーン。「テルアビブ・オン・ファイア」のラストシーン。

余談
DVDの特典映像では、監督が本作でのフムスの重要性と作中に出てくるオスロ合意を語っていました。監督自身イスラエルで育ったパレスチナ人です。
●フムス
レバノンやパレスチナ発祥のアラブの食べ物。しかし近年イスラエルが”イスラエル名物”として売り出そうとしているそうです。
そもそもイスラエルは世界中のユダヤ人が集まり第二次世界大戦後にできた新しい移民国家。だから純粋な”伝統的イスラエル料理”というものは存在しません。そしてイスラエルは”伝統料理フムス”に憧れを持っているのです。
監督によるとフムスは「パレスチナのアイデンティティの象徴」とのこと。アッシがフムスを要求し食べることで、イスラエルによるパレスチナ実効支配やパレスチナのアイデンティティを奪う姿を表しているのです。とはいえフムスを分かってる風のアッシが缶詰でも満足しているシーンは、イスラエルが伝統を理解しきれていないこと、フムスが完全にイスラエルのものになっていないことを表しています。パレスチナ人がイスラエル人を皮肉っている反撃シーンといえるでしょう。

●オスロ合意
1993年にアメリカの仲立ちで実現した、パレスチナの自治を認める和平合意。
監督によると、イスラエル人はオスロ合意を肯定的にとらえてイスラエルとパレスチナの共存を可能だととらえているそうです。とはいえパレスチナ側からすれば、イスラエルからいまだに実効支配されているわけで、この合意に疑問をもっているそうです。
だからこそ作中のアッシはドラマの結末でもイスラエルの将軍とパレスチナ女性の結婚という夢のような平和的ラストは可能だと楽観的にとらえ、パレスチナ側の視聴者や製作陣は2人の結婚に否定的だったのでしょう。
亘