keith中村

ウエスト・サイド・ストーリーのkeith中村のレビュー・感想・評価

5.0
 近年、これほど待ちかねた作品はなかった。
 まあ、どう考えても満点の作品。
 
 何よりも感動したのがリタ・モレノ。
 というか、個人的にはリタさんが真の主役だと考える。
 
 リタ・モレノが出演するという話は聞いていたが、マリアのお祖母ちゃん役か、プエルトリコ側の長老的な立ち位置なのかな、と勝手に想像していた。そしたら、あんな役じゃないですか。
 もう、そこだけで号泣。
 
 「あんたたち、60年前から何も変わってないんじゃないの?」
 リタさんを登場させることで、本作のメッセージが非常に力強いものとなっている。

 "Somewhere"もリタさんが歌うように変更されていて、御年90歳(撮影時は89歳か88歳かな)のその歌声にまた感動。
 最後の最後まで退場せずに残るのが、チノに寄り添うリタさんだし、やはりリタさんが裏の主役なんでしょう。
 
 名状しがたい気持ちになったのは、ドクの店でアニータに乱暴狼藉を働くジェット団をリタさんが叱責するところ。
 60年前はリタさんがアニータだったものね。
 どちらの作品でもそこそこ婉曲に描いているけれど、あのシーンは集団レイプですよね。
 リタさんは若い頃、実際に性的暴力を受けたことがあるらしく、ワイズ版撮影時にはそれがフラッシュバックして大変だったということを聞いたことがあります。
 それを知って以来、ワイズ版のこのシーンが辛くて辛くて仕方ないんですが、今回のこのシーンに臨んだリタさんの胸中を想像すると、心が締め付けられて、やはり号泣でした。
 
 さて、ワイズ版が抽象化・象徴化・様式化されていたのに比較すると、本作はもっとリアリズム・直接描写に舵を切っています。
 たとえば、"One Hand, One Heart"のシーン。
 ワイズ版ではルシアの店で、窓枠が十字架になっているのが教会の象徴なんだけれど、本作は電車に乗って教会に行っちゃう。
 カラーコーディネートも前作は原色の洪水が凄かったんだけど、それを禁じ手にした上で、巧妙なコーディネートをしていますね。
 ダンス場では、ジェット団が青系、シャーク団が赤系で統一されてましたが、それ以外はさりげなく演出されている感じ。また、それを支えるヤヌス・カミンスキーの盤石な画。
 ところで、ワイズ版では最後赤いドレスを着ていたマリアが本作では青色でしたね。
 これはどういう演出意図なんでしょう。トニーの元いたジェット団のイメージカラーに添うことで、歩み寄りの象徴なんでしょうか。
 
 また、人物背景の書き込みが多くなっているのも、物語にリアリズムや重みを持たせることに貢献していました。
 
 素晴らしいのは、アンセル・エルゴートとレイチェル・ゼグラーの歌唱力!
 もちろん、前作のマリア役、ハリウッド最強のゴーストシンガー、マーニー・ニクソンさんの歌声も素晴らしいんだけど、今回は圧倒的でした。
 
 とまあ、絶賛ポイントだらけではありますが、ワイズ版のほうが好みだったポイントもあります。
 ひとつは、音楽と映像のシンクロ度合い。
 ワイズ版は様式美なので、イメージとしては「カチッ、カチッ」と合ってる感じ。
 本作はリアリティ路線だからか、もうちょっとルーズに繋いである感覚。
 やっぱりピタっとあってるほうが好きだなあ。
 
 あと、シネスコのカメラは巨大で重いので、なかなか動かせないということがあって、ワイズ版はそこまで動いてないんだけれど、今回はとにかく動きまくる。
 これは、ドラマパートではいいんだけど、ダンスシーンはもっとじっくり撮ってほしかった。
 私、何度か書いてますが、もともとアステアやケリーなど「芸」のある人を撮る場合は、基本的にカメラは動かず、全身のショットでやるんですよね。カメラをばんばん動かしたり、短いショットを積み重ねるのは、フィックスで「持たせる」ことができない、「芸」のある人がいなくなった時代以降の発明なんです。
 本作は「芸」のある人がいっぱい出てるんだから、もっと落ち着いたカメラワークで見たかった。
 
 ストリートを使った"America"は予告篇だけでアガりまくってたんだけれど、トータルではワイズ版の屋上のほうが優れていると思います。あっちの、リタ・モレノの踊りを超えるものってそうそうないしね。
 補足しとくと、ワイズ版のダンスシーンはMGMミュージカルなんかと較べると、ずいぶんカット数は多いですね。ただし、ダンスのコンティニュイティーはキープされてる。わかりやすく言うと、「芸」を阻害するまでには割ってないということ。
 
 最後に、IMDBのトリビアで面白かったものをひとつ紹介しておきますね。
「本作の音楽コンサルタントは、スピ師匠の盟友ジョン・ウィリアムズ。彼はワイズ版ではピアノのソロを担当していた」