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盆唄のDickのレビュー・感想・評価

盆唄(2018年製作の映画)
4.3
●日本人必見の反原発ドキュメンタリー

❶マッチング:消化良好。
➋『ナビィの恋(1999)』で、日本中を笑いと涙の感動で包んだ中江裕司監督。
1960年京都生れの中江裕司は、1980年に琉球大学に入学と共に沖縄に移住し、監督となってからは、一貫して沖縄という場所と人を撮り続けている。
➌その中江裕司が、舞台を福島県双葉町に移し、3年の歳月をかけて作り上げた「反原発ドキュメンタリー」は、日本人必見の問題作である。
❹双葉町は東日本大震災の地震、津波、そして、東京電力福島第一原子力発電所の炉心溶融(メルトダウン)による放射性物質流出事故で、人が帰れない帰還困難地区になってしまった。住民は生活の場所も郷土の文化も失ってしまった。その情況は事故から8年経った現在でも変わっていない。
❺2015年。震災から4年経過した後も、双葉町の人々は散り散りに避難先での生活を送り、先祖代々守り続けていた伝統、「盆唄」の存続の危機に胸を痛めていた。そんな中、100年以上前に福島からハワイに移住した人々が伝えた盆踊りが「フクシマオンド」となって、今も日系人に愛され熱狂的に踊られていることを知る。
❻双葉町の歴史(BonDance Japan):
①江戸時代後期の大飢饉で、現在の相馬市や双葉町を含む相馬中村藩は、飢餓と疫病による病人と死者が増え、農地の荒廃が進んだため、領外に労働力を求め、積極的に移民を導入する政策をとり、北陸からは1万人前後の人々が入植した。 これが相馬移民といわれる人々で、彼等は条件の悪い土地で、飢えや差別と戦いながらも、その土地の人間として根付いていく。こうして北陸にルーツを持つ人々が双葉の住民となった。
②相馬移民から100年。明治時代になって多くの日本人が夢を求めてハワイへ渡るようになるが、中でも福島からの移民は東日本で最大の人数だった。彼等はサトウキビ畑や製糖工場で過酷な労働に耐えながら、日本人としての誇りを忘れず、独自の文化やコミュニティを生み出していった。WWⅡで、日本はアメリカの敵国となり、日本語や日本の文化は禁止されるが、ハワイ生まれの二世達は、志願兵としてアメリカへの忠誠を示し、親世代と日系人の市民権獲得と地位向上を目指す。アメリカの勝利に貢献を果たした彼等は、英雄としてハワイに戻り、再び日本語と伝統文化を取り戻すことになる。時代が移り変わっても、人々と共に常に唄の存在があった。故郷を離れて暮らす人々とその子や孫の傍には、いつも唄が寄り添った。移民達が次の世代へと受け継いだ故郷福島の『相馬盆唄』は、歌詞や拍子を変えながらも「フクシマオンド(ボンダンス)」として継承され、現在ハワイを代表する盆踊り唄となっている。
❼自らの文化に誇りを持ち、盆唄の担い手として活躍してきた双葉町の7人のコアメンバーは、ハワイの「フクシマオンド」のことを知って、自分達の伝統を絶やすことなく後世に伝えたいとの希望を抱いて、盆唄を披露すべく、ハワイへ向かう。
❽ハワイの人達との交流を通じて、散り散りになって避難生活を送っている人達を繋ぐのは盆唄だと確信し、その実現に向け奮闘努力する姿が描かれる。
❾前半は、いささか単調で、時々うとうとしたが、後半、特に盆踊り本番の当日になってからは、俄然画面が引き締まった。同時に大きな怒りがこみあげてきた。
①悲劇の責任者である東京電力と日本の原子力行政の当事者達は、離れた安全な場所で、のほほんと暮らしている。本来罰を受ける責任があるにも関わらず、政府の方針により、無罪放免となってしまった。
②被害者である双葉町の住人は、未だに故郷に戻ることが出来ない。町は無人のままである。一応、除染計画が作られてはいるが、「人体に影響がない」とされる数字は医学的根拠のない神話の数字で、計画通り履行される保証はどこにもない。
❿アーカイブ映像では、放射能で汚染される前の、盆踊り、田植え、稲刈り、落成式、祝賀式等々の平和で穏やかな風景が描かれる。あの風景は二度と戻ることはないだろう。
⓫ようやく実現した盆踊りの会場は、帰還困難地区の双葉町ではなく、仮設住宅のある、いわき市で、参加者も少なかった。それでも、皆一生懸命に唄とお囃子と踊りをリレーしていく。その顔は喜びに溢れている。
⓬ラストダンスの前に、メンバー代表がアナウンスする:
「ご先祖さま、震災で亡くなられた皆さま、一緒に踊ってください。」
このシーんでは涙が溢れた。
⓭本当の復興とは、住宅を作ることではない。避難解除により、故郷に戻ることでもない。物心両面で喪失した個人の魂を取り戻すことなのだ。本作はこのことを教えてくれる。
⓮無人となった双葉町に掲げられている原子力標語の看板が空しい。
「原子力明るい未来のエネルギー」
⓯この看板を見て、60年前のアメリカ映画、『渚にて(1959米)/ On the Beach』(監督:スタンリー・クレイマー、主演:グレゴリー・ペック)を連想した。第3次世界大戦が勃発し、大国の原水爆により、人類が絶滅するデストピア物語で、最後に無人となったメルボルンの中心地で空しくひらめいている横断幕の言葉:
「There is still time..Brother(兄弟たちよ、まだ時間はある)」。
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