Dick

哀れなるものたちのDickのネタバレレビュー・内容・結末

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
5.0

このレビューはネタバレを含みます

1.はじめに:ヨルゴス・ランティモスとの相性

❶1973年アテネ生れのヨルゴス・ランティモスは、ギリシャの経済危機をきっかけとして、2011年以降、ロンドンを拠点に活動しているが、「この世代のギリシャの映画監督のなかで最も才能のある人物」と評されている。
❷ヨルゴス・ランティモスの長編監督作品中、日本で劇場公開されたものは本作を含め5本あるが、全作をリアルタイムで観ている。マイ評価は下記の通り。①は波長が合わなかったが、その後は良好で全体の相性は「上」。

①籠の中の乙女2009監督脚本。2012年公開:40点。
②ロブスター2015監督製作脚本。2016年公開:70点。
③聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア2017監督製作脚本。2018年公開:80点。
④女王陛下のお気に入り2018監督製作。2019年公開:95点。
⑤哀れなるものたち2023監督製作:本作。1回目85点、2回目100点。

2.マイレビュー◆◆◆ネタバレ注意

❶相性:上。
★画像を見ているだけで楽しく夢が膨らむファンタジー。

❷時代:特定されない。諸情報からヴィクトリア朝時代(1840-1900頃)と推定。産業革命による経済の発展が成熟に達したイギリス帝国の絶頂期。

❸舞台:ロンドン⇒リスボン⇒豪華客船⇒アレキサンドリア⇒パリ⇒ロンドン。

❹主な登場人物
①ベラ・バクスター/ヴィクトリア・ブレシントン〔エマ・ストーン。34歳〕:主人公。自殺するが、天才外科医ゴッドウィン・バクスター<ゴッド=神>によって、彼女が身ごもっていた胎児の脳を移植され、奇跡的に蘇生する。見た目は大人だが、頭脳は胎児。ダンカンに誘われて大陸横断の旅に出て、知性に目覚め、差別や平等や自由を知り、驚くべき成長を遂げていく。幾つもの紆余曲折を経て、最後はマッキャンドレスと結婚し、更には、時代に拘束され苦しむ女性たちを助けるべく医者になることを決意する。
②ダンカン・ウェダバーン〔マーク・ラファロ。55歳〕:放蕩者の弁護士。ベラを大陸横断の旅に連れ出す。遊びのつもりだったが、ベラの虜になって翻弄され、酒とギャンブルに溺れ、精神的に破綻してしまう。
③ゴッドウィン・バクスター/Dr. Godwin "God" Baxter〔ウィレム・デフォー。67歳〕:天才外科医。自殺したベラを蘇らせる。ゴッドウィン(ゴッド)自身も、著名な外科医だった父から様々な実験的手術を受けていて、満身創痍の体になっている。生々しい手術跡が残る顔をはじめ、食後に大きなシャボン玉のようなゲップが出る等々。終盤ではペニスも体内に埋め込まれてしまっていることが分かる。
④マックス・マッキャンドレス〔ラミー・ユセフ。31歳〕:ゴッドウィンの助手。ベラの成長を観察し記録するうち恋に落ち婚約する。最後はベラと結ばれる。
⑤プリム夫人〔ヴィッキー・ペッパーダイン。61歳〕:ゴッドウィンの家政婦。
⑥マーサ〔ハンナ・シグラ79歳。『マリア・ブラウンの結婚1979』等で国際的に知られる。〕:豪華客船でベラが出会う貴婦人。読書と哲学を教えてくれる。
⑦ハリー〔ジェロッド・カーマイケル。35歳〕:マーサと一緒の黒人。この世界の残酷さをベラに教え、ベラの人生を大きく変えるきっかけになる。
⑧スワイニー〔キャサリン・ハンター。65歳〕:パリの娼館のマダム、全身にタトゥーを入れている。
⑨トワネット〔スージー・ベンバ。22歳〕:ベラと仲良しになるパリの黒人娼婦。意気投合し、ロンドンまでやってくる。
⑦アルフィー・ブレシントン〔クリストファー・アボット。36歳〕:身投げ前のベラ(ヴィクトリア)の夫で将軍。サディストで、屋敷内でも銃を持ち歩き、ベラを自殺に追いやる。最後に天罰が下される。
⑧フェリシティ〔マーガレット・クアリー。28歳。母は女優のアンディ・マクダウェル〕:ベラに次ぐ2番目の蘇生体。

❺考察1:メイン&エンドタイトル
①画面のアスペクト比は、ヨーロッパ・ビスタの1.66。アメリカン・ビスタ(1.85)とスタンダード(1.37)の中間である。
②最初に画面の四辺に帯が表示される。何かの装飾模様か?と思ったら、Emma Stone、Mark Ruffalo他の名前が読み取れる。それで気が付いた。この帯はメインタイトルなのだ。
ⓐこれまでに観た1万数千本の映画には色んなタイプがあった。タイトルのないもの、文字の代わりにナレーションによるもの。固定せずに(上下左右に)流れるもの等々。
ⓑその中で、こんなタイプは初めてである。
ⓒしかし、四辺の文字が小さく、夫々が外向けに配置されているので、極めて読みづらい。美術としては良いが、映画のタイトルとしてはNGだ。
ⓓそう思った途端、今度は、画面の中央に大きく表示された。これでようやく納得。
★天晴れなり(笑)。
③エンドタイトルも同様、初めに、四辺に帯の中に小さなクレジット文字が表示され、その後、中央に大きく表示される。

❻考察2:美術(出典:IMDb他)
①今、ヴィクトリア朝時代の大都市を映像化するには、CG又はセットの何れかしかない。本作はハンガリーのOrigo Studioに巨大なセットを建造して撮影されている。
★色鮮やかで精緻な映像は、魅力的でイマジネーションが膨らむ。実に素敵な世界である。
★この時代、電球、自転車、自動車、飛行船、ロープウェイ、モノレール等は既に発明されていたが、本作で描かれたような普及はまだ先のことである。しかし、違和感は全くない。ファンタジーとして納得出来る。
・俯瞰で捉えたロンドン、リスボン、パリ等の街並み。
・空には飛行船やロープウエイやモノレールが見える。
・ベラが巨大な魚の背に乗って海中を走行する幻想的なシーンも登場する。
・資産家の屋敷、娼館。仰視した建物に入ると高い天井の広々とした空間につながる。
・ゴッドウィン・バクスターのレトロでモダンな実験室と手術設備。
・高価で落ち着いた調度品、絵画。
・海上の豪華客船とその船内。
・黒白とカラーが何度も行き来し、広角と望遠が使い分けられる画面。
②観ていて、チェコアニメの巨匠、カレル・ゼマンの作品群を連想した。:『悪魔の発明(1957)』、『盗まれた飛行船(1966)』等々。
③同時にスタンリー・キューブリックの『バリー・リンドン(1975)』も連想した。

❼考察3:マッド・サイエンティスト
①ベラを生み出したゴッドウィン・バクスター博士は、所謂「マッド・サイエンティスト」であり、ホラーやSFでお馴染みである。
②ゴッドウィンの屋敷には、異なる2種類の動物の上半身と下半身とをつなぎ合わせた「新種」が飼われている:
ガチョウ/ブルドッグ、アヒル/ヤギ、ブタ/むく犬、むく犬/アヒル、ブタ/ニワトリ。これ等は、ゴッドウィンによる成果であり、他には存在しない。
③マッド・サイエンティストの第一人者は、メアリー・シェリーが1818年に創造した「ヴィクター・フランケンシュタイン」と言えるだろう。生命の創造に魅了された大学生ヴィクターは、墓場から盗み出した死体を使い化学と錬金術を駆使して「理想の人間」を創造する。しかし、怪物の醜い容貌に絶望したヴィクターは研究を放棄する。取り残された怪物は山の中を彷徨い、途中で人間の言葉を理解するようになり、教養を身に付けていく。怪物はヴィクターに「伴侶を創造して欲しい。願いを叶えてくれれば姿を消し、二度と人間の前には現れない」と依頼する。ヴィクターは依頼を引き受けるが怪物の増加を恐れて途中で中止してしまう。怒った怪物は報復としてヴィクターの弟、婚約者、友人を殺し、北極圏に逃げる・・・・・。
④もう一人が、『タイム・マシン』や『透明人間』や『宇宙戦争』で知られるイギリスの著作家、ハーバート・ジョージ・ウェルズ(Herbert George Wells, 1866- 1946)が1894年に発表した「モロー博士」。モローは高名な生理学者だったが、生体解剖などを行なったとして学界を追放され、今は孤島で、さまざまな動物を人間のように改造し、知性を与える実験を行なっていた・・・・。
⑤そして、本作のラストに、とんでもない悪人が登場する。身投げ前のベラ(ヴィクトリア)の夫、アルフィー・ブレシントン将軍である。アルフィーは、復活したベラを屋敷に監禁し、クリトリスを切り取ろうとする。ベラはアルフィーの銃を奪い、彼の足を撃つ。ベラはマックスに頼んでアルフィーの命を助けると共に、ヤギの脳をアルフィーに移植する。アルフィーは世界初のヤギ人間となったのである。四つ足で庭の草を食べるアルフィー。
★アルフィーに天罰が下されたのだ。

❽考察4:エマ・ストーンの演技
①「見た目は大人だが、頭脳は胎児」のベラを観客が初めに見るのは、アンバランスなドレスに身をまとったベラが、ピアノを弾いている、いや、遊んでいるシーン。椅子に座って、器用に両足を鍵盤に乗せながら、両手で鍵盤を乱暴に叩いている。歩く姿もよちよち歩きである。
②それが、知恵がつくに従って、徐々に大人の動きに変わっていく。
③そして、セックスを体験するベラ。経験を積むに従い、受動から能動へと変わっていく。日本のお茶の間では許可されないような過激な全裸シーンも沢山ある。
④最後は、世界を知って、教養を技術を身に着けたベラ。もはや恐れるものは何もない。
⑤演じたエマ・ストーンも、ベラ同様、恐れるものは何もない。今後の益々の活躍を期待したい。
★エマ・ストーンは私好みではないが、それと演技とは別。

➒まとめ
男の所有物、愛玩物として創造されたベラ。最初は食欲と性欲のみだったが、書物を知り、外の世界を知り、自分の意思で行動することの楽しさ、大切さを知る。自分のアイデンティティを確立したベラには最早怖いものはない。
医者として、世のため人のため尽くすことは間違いない。頑張れ!ベラ!
★めでたしめでたし。ハッピーハッピー。
★映画一巻の終わりでございます。お楽しみ様でした(笑)。

❿トリビア1:アラスター・グレイ&フランケンシュタイン&メアリー・シェリー
①本作は、スコットランドの作家、アラスター・グレイの 『Poor Things: Episodes from the Early Life of Archibald McCandless M.D., Scottish Public Health Officer (1992)』(邦訳『哀れなるものたち』(2023/9)が、原作になっている。
②原作は未読だが、作者のアラスター・グレイは、1818年にイギリスで出版された小説『フランケンシュタイン(Frankenstein: or The Modern Prometheus)』と、その著者メアリー・シェリー(Mary Wollstonecraft Godwin Shelley、1797-1851)に大きな影響を受けたと語っている(出典:cinra.net)。
③『フランケンシュタイン』は優秀な科学者ヴィクター・フランケンシュタインが人間の死体をつぎはぎして怪物をつくり出す物語。
④著者のシェリーは、自身の出産で母親を亡くし、小説家である父親から熱心な教育を受けて育ったが、父の友人と駆け落ちしたあと、父とはほとんど絶縁状態となった。
⑤自らを生んだ科学者・フランケンシュタインに怪物が拒絶される物語は、シェリーが疎遠になった父との関係を思いながら執筆したもの。
⑥登場人物の名前にも、『フランケンシュタイン』とシェリーの要素が散りばめられている。
ⓐベラの別名「ヴィクトリア」は、フランケンシュタインの名前である「ヴィクター」の女性形。
ⓑゴッドウィン・バクスターの名は、シェリーの父親の姓である「ゴッドウィン」と、彼女が思春期の約1年間を過ごした「バクスター」家から命名されている。

⓫トリビア2:フランケンシュタイン&吸血鬼&ディオダティ荘(出典:原田実「怪獣のいる精神史」、Wikipedia他)
①『フランケンシュタイン(1818)』と『吸血鬼(ポリドリ)(1818)』、そして、79年後に出版されたブラム・ストーカーによる吸血鬼文学の金字塔『吸血鬼ドラキュラ(1897)』は、高校時代からの愛読書で、翻訳書・原書・研究書・参考書合わせて数十冊を保有している。
②このうち初めの2冊が生まれたのが、「ディオダティ荘の怪奇談義」と呼ばれる出会いだった。
③1816年5月、スイスのレマン湖畔に詩人バイロン卿が借りていた別荘で、5人の男女が集まった。長雨の時間つぶしのため、「皆で一つずつ怪奇譚を書こう」ということになり、それぞれが創作した怪奇譚を披露しあった。
★最年長のバイロンが26歳、最年少のクレモントが19歳で皆若い。
ⓐ第6代バイロン男爵ジョージ・ゴードン・バイロン(当時26歳):ゲーテが「今世紀最大の天才」と賞賛した19世紀ロマン派の詩人。
ⓑジョン・ウィリアム・ポリドリ(当時22歳):イギリスの小説家・医師。バイロンの主治医で同性愛の相手とも目される。
ⓒパーシー・ビッシ・シェリー(当時25歳):イングランドのロマン派詩人。
ⓓメアリー・ウルストンクラフト・ゴドウィン・シェリー(当時20歳):イギリスの小説家。母親はフェミニズムの創始者、あるいは先駆者とも呼ばれるメアリー・ウルストンクラフト、父親は無神論者でアナキズムの先駆者であるウィリアム・ゴドウィン。日本では単にシェリー夫人と呼ばれることもあった。
ⓔクレア・クレアモント(当時19歳):メアリの義妹で、バイロンの愛人。
④この中で、メアリーとポリドリの2人だけが、その後も物語を書き続け、200年以上経った今でも読み継がれている作品を誕生させたのである:メアリー『フランケンシュタイン(1818)』、ポリドリ『吸血鬼(1818)』。
★特に前者は「ゴシック小説の金字塔」として名高いが、その著者が、4ヵ月の乳児を持つた若干20歳の既婚女性だったのだ。大いなる驚きである。
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