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燈火(ネオン)は消えず/消えゆく燈火のDickのネタバレレビュー・内容・結末

4.8

このレビューはネタバレを含みます

1.はじめに:香港と私

❶1971年を皮切りに、出張や個人旅行で何度も訪れている香港は、アジアの中では、駐在していたタイに次いで、思い入れの強い地である。
①初めて香港の地を踏んだのは1971年12月で26歳。出張途中の単独ショートステイだったが、下手な英語をものともせず、当たって砕けろで、「プレイボーイ・クラブ」のバニーガールとの会話を楽しんだ記憶が懐かしい。
②最後は、1997年7月。150年に及んだ英国統治から、「一国二制度」の原理の下、主権が中国に返還され、特別行政区になった7月1日から9日後のことだった。6月30日には、チャールズ皇太子、江沢民国家主席、トニー・ブレア首相、李鵬国務院総理の出席のもと、盛大な返還式典が行われ、世界各国に中継放送された。この時の華やかな花火は今でも記憶に残っている。
❷映画でも馴染み深く、これまでに観た香港映画は、今は無きショウ・ブラザーズやゴールデン・ハーベストの黄金時代の作品から、中国資本に買収されて活気がなくなった近年の作品まで、数百本になる。
❸1997年の返還を歓迎する人はいたが、香港の未来について、不安を持つ人も多かった。
❹そして、返還から27年目となる今、国力を増した中国による統制が強まり、香港の民主主義は挫折し、民主化を求める政治的な自由も消滅してしまった
❺ドキュメンタリーでは、『デニス・ホー ビカミング・ザ・ソング(2020米)』や『時代革命(2021香港)』等、志と使命感のある香港人たちが、自由と民主主義のため、身の危険を冒して勇気を奮い起こして世界に発信した貴重な記録映画があるが、香港と中国では上映禁止となっている。
❻悲しいが、香港が元に戻ることはないだろう。

2.マイレビュー::◆◆◆ネタバレ注意

❶相性:上。
★ノスタルジー溢れるヒューマンドラマ。
★行間には自由を求める声が溢れている。タイトルの「燈火(ネオン)は消えず」は、「自由の火は消えず」と読み替えたい。

➋時代:特定されないが、現代。2022年頃。

❸舞台:香港。

❹主な登場人物
①メイヒョン(主人公の老婦人。ビルの妻、チョイホンの母。):シルヴィア・チャン(68歳):金馬奨・主演女優賞受賞。
②ビル(腕ききで昔気質のネオンサイン職人。最近急死した。):サイモン・ヤム(66歳)
③チョイホン(メイヒョンとビルの一人娘。建築士。恋人のロイと一緒にオーストラリアへの移住を検討中。):セシリア・チョイ(27歳)
④レオ(ビルの弟子の青年。):ヘニック・チャウ(26歳)
⑤ウォン(ビルの親友。):ベン・ユエン(57歳)
⑥ロイ(チョイホンの婚約者で同僚の建築士。):シン・マク
⑦若き日のメイヒョン:アルマ・クォク
⑧若き日のビル:ジャッキー・トン

❺考察1:概要
①ネオン職⼈だった夫の亡き後、夫がやり残した最後のネオンを完成させようとする妻の物語。
②主人公メイヒョンが、夫ビルの骨壺を持って悲嘆にくれているところから幕が開く。
③ビルは、かって香港には欠かせないネオンの腕利き職人だったが、時代の変化で需要が減少し、商売が立ち行かなくなって10年前に転職した。
④メイヒョンはビルの遺品の中に「ビルのネオン工房」と書かれた鍵を見つける。10年前に廃業したはずの工房へ行ってみると、そこには見知らぬ青年がいた。名前はレオでビルの弟子だという。ビルはメイヒョンに秘密で、ネオンの仕事を細々と続けていたのだ。レオにビルが亡くなったことを伝え、工房を閉めると告げると、 レオは、師匠には、やり残したネオンの仕事があり、それを完成させたいと懇願する。メイヒョンが収支をチェックすると、大幅な赤字で継続は不可である。そこで、レオはクラウドファンディングにより資金を集めることを提案し、目途が付いたので、メイヒョンはその仕事を完成させることを決意し、ネオン作りの修行を開始する。
★ここで、ネオンのガラス管をバーナーで柔らかくして加工する手順が具体的に描かれていて、見ものである。
⑤一方、建築士である娘のチョイホンは、同僚で恋人のロイと一緒にオーストラリアへの移住を検討中だが、そのことをメイヒョンには話しておらず、聞かされたメイヒョンは大反対する。
⑥チョイホンの調べで、今の法律では、ネオンを新設出来ないことが分かる。
⑦その後、紆余曲折があるが、メイヒョン、レオ、チョイホンが協力して、件のネオンを完成させる。但し、それは、翌日には取り壊さなければならないものだった。
⑧明確な結末は示されないが、主な問題は全部解決される。
★フェアな描き方で好感が持てる。
ⓐメイヒョンとチョイホンの仲は修復され、チョイホンとロイのオーストラリア移住が決定する。
ⓑメイヒョンは当面、香港に留まるが、将来はオーストラリアへ渡ることも視野にある。
ⓒビルの負債は完済した。
ⓓレオはネオン職人として一本立ちした。
★目出度し目出度しのハッピーエンドになるのでございます。お楽しみ様でした(笑)。
⑨エンドロールで、実在のネオン職人たちの写真と代表作の数々がアーカーブ映像で示される。そして、最後に、今は無き巨大水上レストラン「JUMBO」(注1)が大写しとなる。
★思わず胸が熱くなった。

(注1)「JUMBO」:1976年に開業し、一般観光客に加え、世界中のセレブ(エリザベス2世、ジョン・ウェイン、デヴィッド・ボウイ、トム・クルーズ、チョウ・ユンファ等)、3,000万人以上が訪れたが、新型コロナウイルスのパンデミック等で2020年に閉店した。最後は、2022年、曳航中に南シナ海の南沙諸島近くで沈没した。悲しい末路だった。(出典:Wikipedia)。

❻考察2:本作の狙い
①2010年に建築法を改定し香港から活力の象徴でもあったネオンを奪ってしまったのは、中国政府の意向と思われる。特別行政区時代のものは排除すべしということなのだろう。
②2020年には、「香港国家安全維持法」を施行し、自由までも奪っている。
③本作では、建築士のチョイホンとロイが故国を捨てオーストラリアに移住することを決意する。
④2022年は、第1四半期だけで14万人の市民が香港を去ったことが報道されている。
⑤そんな中で、身の危険を覚悟で、香港に留まっている人たちもいる。しかし、それも時間の問題と思われる。直近(2023/12)では、香港の民主活動家の周庭氏が、カナダに事実上の亡命をしたことが伝えられている。
⑤本作では、具体的な批判をしていないが、検閲から逃れるための止むをえない処置だったと思われる。
⑥悲しいが、香港が元に戻ることはないだろう。

❼トリビア1:ネオンサイン(出典:Wikipedia)
①ネオンサイン(neon sign)とはネオン管などを使用した看板や広告などであり、単にネオンともいう。
②ネオンは、1898年にイギリスの2人の科学者が発見した希ガス元素。
③1910年、フランスの技術者がネオンガスを封入した管に放電することで、白熱電球よりも5倍以上明るい新たな照明器具を発明した。
④1920年代のアメリカで、看板業者が希ガスを封入したガラス管で文字を書くことを思いつき、クロードネオン社の許諾を得てネオン管のベンチャー企業を設立し、ラスベガスの大半のネオンサインをデザインし、世界中の都市景観に影響を与えた。
⑤日本国内での最初の設置は1918年、東京銀座の谷沢カバン店、白木屋大阪支店、日比谷公園と諸説ある。
⑥ネオンサインに用いられる灯体は、直径8 - 15mm、長さ1.5mくらいのガラス管で、手作業による職人技で、いろいろな形状に曲げられ作られる。管は、ガスそのものの色を出すための透明なものと、様々な色を出すための無機蛍光体を内面に塗布した蛍光管がある。
⑦21世紀になると、ネオン同様の多色と自由設計が可能で扱いやすいLEDが登場したことで置き換えられていったが、文化的価値を評価する声も多く、ラスベガスにはネオン博物館が開業している。

❽トリビア2:香港のネオンサイン
①香港の「100万ドルの夜景」に欠かせなかったのが、色とりどりのネオンサインの看板で、実際に見た時、その華やかさと鮮やかさに目を見張ったものだ。
②そのネオンが、2010年の建築法改正で厳しい制限が課されて、10年間で9割以上が撤去されたことを本作で知って驚いた。
③その理由は、規制以外に、コストパフォーマンスの良いLEDが普及したこと、繁華街の1階にあった店舗の多くがショッピングモールの中に移ったこと、オンラインショップへ転向する店舗が増えたこと等も起因しているようだ。
④ネオン時代しか知らない私は、最近の香港を見てみたい。
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