Dick

落下の解剖学のDickのネタバレレビュー・内容・結末

落下の解剖学(2023年製作の映画)
4.8

このレビューはネタバレを含みます

1.はじめに:ジュスティーヌ・トリエ監督について(出典:Wikipedia、IMDb)

❶長編4作目の本作により、カンヌ国際映画祭で女性監督として史上3人目(注1)となるパルムドールを受賞したジュスティーヌ・トリエは、1978年生れ。パリ国立高等美術学校を卒業後、数本の長短のドキュメンタリーを撮っている。長編は34歳の監督デビュー作『La bataille de Solférino(2013)』を皮切りに前作の『Sibyl(2019)』までの3作があるが、何れも日本未公開である。本作を含め、全作の脚本を単独又は共同で担当している。本作の脚本はパートナーであるアルチュール・アラリとの共作である。

(注1)他の2作はジェーン・カンピオン監督の『ピアノ・レッスン(1993)』(2024年4月日本リバイバル予定)と、ジュリア・デュクルノー監督の『TITANE チタン(2021)』。

❷過去、カンヌ国際映画祭、カイエ・デュ・シネマ、セザール賞等で幾つも賞にノミネートされていて、作風は娯楽性に加え社会性と作家性にも富んでいるようである。

❸パートナーはフランスの映画監督・脚本家アルチュール・アラリ(1981生れ)で、2子がいる。

2.マイレビュー

❶相性:上。乗れた、嵌った。
★グレーなものはグレーのままで描いているのに欲求不満にならずに納得出来る。これは凄いことだ。監督の力量によるものと思う。

❷時代:特定されないが、スマホが普及している現代。

❸舞台:フランス南東部のオーヴェルニュ=ローヌ=アルプ地方。グルノーブル他。

❹主な登場人物
①サンドラ(ザンドラ・ヒュラー、44歳):ベストセラー作家。山荘で転落死した夫サミュエルの殺人容疑がかけられる妻。サンドラは一貫して容疑を否認するが1年後裁判にかけられる。裁判では夫婦が不仲で喧嘩が絶えなかったことや、サンドラが同性と浮気をしていたこと等プライベートなことが晒される。
②サミュエル(サミュエル・タイス、44歳):サンドラの夫で作家志望の教師。雪山の山荘で転落死する。
③ダニエル(ミロ・マシャド・グラネール、14歳):ザンドラとサミュエルの11歳の息子。死体の第一発見者。視覚障がいがある。愛犬といつも一緒。
④ヴァンサン(スワン・アルロー、41歳):過去にザンドラと付き合いがあった弁護士。ザンドラから助けを求められる。
⑤検事(アントワーヌ・レナルツ)
⑥裁判長(アンヌ・ロジェ)(女性)
⑦マージ(ジェニー・ベス)
⑧ヌール(サーディア・ベンタイブ)
⑨ゾーイ(カミーユ・ラザフォード)
⑩モニカ(ソフィ・フィリエール)
⑪そして、盲導犬スヌープ:パルムドッグ賞受賞

❺考察
①本作では、夫サミュエルが転落死して、主人公である妻のサンドラが夫殺しの容疑者となり、裁判にかけられて対処する状況が、ドキュメンタリータッチで描かれる。
②審理では、サンドラの家族の複雑な事情が明らかにされる・・・・
ⓐサンドラはドイツ出身でフランス語は得意ではなく、家族間では英語を用いていたこと、
★サンドラとサミュエルは、人種と言葉の壁を乗り越えて国際結婚した。当時はそれほど愛しあっていたことが分かる。
ⓑサンドラは、自身や家族の体験をもとにした小説がベストセラーになる人気作家であるのに対し、同じ作家のサミュエルは挫折して今は教師をしている。しかし、夢は捨てきれず執筆を続けているが進んでいなかったこと、
ⓒかって家族3人はロンドンに住んでいたが、サミュエルに起因する事故によりダニエルが視覚障がいとなり、サミュエルはそれを悔やんでうつになり、治療費が家計を圧迫するようになったので、サミュエルの故郷であるグルノーブルに一家で2年前に移住してきたこと、
ⓓ以来、夫婦が不仲となり喧嘩が絶えなかったこと、
ⓔサミュエルが夫婦の会話を録音していたこと、
ⓕサンドラが同性と浮気をしていたこと、
③検察側は状況証拠を集めサンドラを有罪にしよう躍起になり、サムエルが録音した夫婦の会話まで提出するが、決め手となるものがない。
④最後はダニエルが証言して結審する。
⑤そして判決は、無罪。
★「無罪推定の原則」に従ったものと思われる。

❻まとめ
①真相は最後まで解明されない、グレイのままだ。
②裁判所は白か黒かのどちらかを決めるのが仕事だが、世の中には真相が分からないグレーゾーンのものが一杯ある。やむを得ないことなのだ。
★私個人としては、サンドラの言い分を信じた。
③主演のザンドラ・ヒュラーは『ありがとう、トニ・エルドマン(2016独・墺)』での名演技が印象に残る(ヨーロッパ映画賞女優賞受賞)が、本作はそれに勝るとも劣らない出来栄えだった(ヨーロッパ映画賞女優賞とセザール賞主演女優賞受賞、ゴールデングローブ賞とアカデミー賞主演女優賞ノミネート)。5月公開予定の『関心領域』が楽しみだ。
④サムエルの転落死の真相:私の仮説。
サムエルは自殺と思う。妻のサンドラがベストセラー作家になっているのに、自分は今だ日の目を見ない無名のままで、家事まで分担している。更にサムエルはうつの薬から抜け出せない。夫婦喧嘩は絶え間なく、関係は冷え切っている。おまけにサンドラは同性と浮気までしてる。そんな夫が妻に負い目を感じ、嫉妬するのは当然だ。だから将来の展望を見出せないサムエルは自ら転落死することによって、サンドラに罪を着せ、復讐したかったのだ。
★真相は不明だが、ロジックに矛盾のない範囲で想像をめぐらすのは楽しい。醍醐味と言える。
Dick

Dick