ブタブタ

戦場でワルツをのブタブタのレビュー・感想・評価

戦場でワルツを(2008年製作の映画)
4.0
アカデミー外国語映画賞の本命と言われながら、その政治的メッセージ色が嫌われたのか土壇場で『おくりびと』に受賞をかっさらわれたと言われる作品。

監督は『セイント・クララ』から『アンネ・フランクと旅する日記』に至るまで作風及び撮りたい物は変わってない。
現実と夢や幻想がシームレスに繋がっている、或いは妄想や間違った記憶が現実を侵食する。
主人公である監督自身のキャラクターは従軍した筈の《レバノン侵攻》の記憶が全くない。
同じく従軍した友人の「26匹の凶暴な犬に囲まれる」夢についての相談を受け嘗て《レバノン侵攻》に従軍した元兵士達にインタビューを行い、それらの内容はアニメーションで表現される。
ただ描かれてる事はあくまで彼らが語る内容を元にしてるので記憶違いや嘘も多分に含まれている、という一筋縄では行かない内容。

船の上で海から来た巨人の美女とセックスしてる間に仲間は全滅した夢とも現実(なわけないが)ともつかない話しとか、1人だけ生き残り海を泳いで助かった話しも多分に誇張や嘘が含まれてると思う。

イスラエルが誇る最新鋭戦車《メルカバ(名前は〝神の戦車〟の意)》に乗った全能感、旅行気分でメルカバの中に居れば怖いもの無し状態から突如攻撃受けて呆気なくメルカバは燃えて這う這うの体で逃げ出す話し。
これに何か似てるな~と思った話しで戦争経験者が小学生達に「戦争経験を語る」ってイベントがあってその中で元《戦艦武蔵》の乗務員のおじいさんが語ってたのが「本当に楽しかった」って。
当時、最新のテクノロジーの塊りである《戦艦武蔵》に乗ってる無敵感、みんな武蔵一艦で世界を相手に戦ってやるって気分で其れは「ガンダムやエヴァンゲリオンに乗ってる様なもの(⇐孫と一緒に見てるな・笑)」と語ってた。
しかしある日、米軍の攻撃で武蔵は呆気なく沈没。
そのおじいさんが憶えてるのはガンダムみたいな最新兵器の武蔵に乗ってた楽しい記憶だけで沈没して一体どうやって助かったのかは覚えてないという。

弾丸の雨霰の中でワルツを踊る様にマシンガンを撃ちまくった兵士とか、同じく弾丸の雨霰の中をカメラマンを連れて平気で歩いてくるジャーナリストとか、多分に「記憶の捏造」が行われて其れを忠実にアニメーション化しているのだと思う。

話しは民兵組織「レバノン軍団」による難民キャンプで起こった《サブラー・シャティーラの虐殺》へと迫っていく。
主人公もその場に居た筈なのに記憶を消失している。
奥崎謙三の『ゆきゆきて神軍』も日本軍による《人肉事件》の真相に迫るという体裁を取りながら結局のところ奥崎謙三はその現場に居なかった、狂気を兵達と共有出来なかった事で日本に帰ってから狂気じみた行動に移っていったけど、アリ・フォルマン監督は虐殺の現場(の近く)に確実に居たわけで自己の失われた記憶と元兵士達の証言や実際の記録等などからアニメーションによる「記憶の再現」を試みる。
ジーン・ウルフの未訳小説に記憶障害の兵士を主人公にしたシリーズがあって、ウルフは『ケルベロス第5の首』等「記憶と其れが作り出す〝間違った現実〟」を題材にしたSF作品を書いている。
『戦場でワルツを』もある種、間違った記憶を元に虐殺事件の真相を探るミステリーの様相もあり、アニメーションという表現方法は反戦メッセージや戦争ドキュメンタリーといった本作のメインの解釈や評価よりも、これは記憶を巡るミステリーや幻想の戦争アクション、エンターテインメント作品としてもっと評価されるべきではないかと思ったのでした。
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