バス行っちゃった

イン・ザ・ハイツのバス行っちゃったのネタバレレビュー・内容・結末

イン・ザ・ハイツ(2021年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

ミュージカル映画は、舞台であれば自動的に働く見做しをこちらの配慮でもって働かさなければならない(ゆえに物語との繋がりが深くなるというのもあるけど)のと、話の進みが遅くなるのに加えて、楽曲の力でもって実際感じたものがうやむやにされがちなところなどがあってあまり好みではないのだけれども、ことこの作品においては見做しや冗長さは豊かさとして機能していたし、音楽によるストーリーテリングが見ているこちらの実感をないがしろにするようなこともなかったので、こういう楽しいミュージカルならもっと見たいなとかなんとか。

ただ、もうこれは自分の未熟さゆえのことなのだけれども、喜怒哀楽の中でも喜びと哀しみというのは共有できる人間を選ぶ性質があり、人が充実した生活を過ごす様やあれが辛いこれが寂しいと嘆く様を実況しているとそれを不快感を誘うアピールとして受け取ってしまう層というのは残念ながらいて、とりわけ自分は人の喜びや哀しみを妬みと鬱陶しさでもって受け止めがちな糞人格なので、移民問題の根深さや理不尽は劇中でもきちんと表現されていたのに、親が残した店があり、見守ってくれる友人知人が多数いて、未来を託してくれる先達や託すべき後輩にも恵まれ、好意を持つ相手とのコミュニケーションに支障もないという喜びの要素に彩られたリア充感への相容れなさのために、そこに通底している問題に対する哀しみへの感度までも低くなってしまって、別に自分が想いを寄せる必要のない大丈夫な人たちなんじゃないかといったどこぞの鼻から牛乳職員マインドに勝るとも劣らぬ想像力を欠いた程度の低い考えがちょっとよぎってしまったというのが正直ありやして、いやなんかもうゴミですません。

でもそうした要素は同じ喜怒哀楽で言えば楽しさのために必要な浮遊感として還元されてもいたし、それらがなければ、本来当然のことであるはずの、移民と呼ばれる彼らもそのほかの人々と変わる所のない生活者なのだという実態を伝えるために必要なフィクション力みたいなのが減衰してしまうとも思うので、まあまあ、全然全然、てかむしろ、みたいな感じす。結局。うす。