亘

在りし日の歌の亘のレビュー・感想・評価

在りし日の歌(2019年製作の映画)
4.0
【変わらない絆】
1970年代中国。ヤオジュンとリーユンの夫婦は息子シンシンと3人で暮らしていた。時は一人っ子政策下、第2子を産めないため2人はシンシンをかわいがっていた。しかしシンシンがある日亡くなってしまう。同じ頃工場では人員整理があり2人は川沿いの小さな町に移り住み、シンシンと名付けた養子を育て始める。しかし成長と共に養子シンシンも反抗期となり2人の元を離れる時が来る。

中国が経済発展をする激動の時代を生きる夫婦を描いた作品。変わりゆく時代の中で苦難を乗り越えて生きていく夫婦の姿が印象的だけど、この夫婦にとっての最大の苦難は"子供"だろう。おそらくこの夫婦は子供が好き。だけれども一人っ子政策や水難事故という不運に翻弄されて、ずっと"シンシン"を想っていた。2人のシンシンをめぐる物語には悲しさも数奇さもあった。激動の時代を生き抜く家族描くという点でチャン・イーモウの「活きる」やイタリア映画の「輝ける青春」に似た作品だった。

故郷の工場
ヤオジュンとリーユンは、地方都市の工場で働きながら息子シンシンを育てていた。同じ工場で働くハイイェンには、シンシンと同じ日に生まれたハオハオがおり、家族ぐるみの付き合いをしていた。さらには同じ工場の同僚たちとも仲良く豊かでないながらも楽しく暮らしていた。しかし時は一人っ子政策下。リーユンの第2子妊娠がバレると強制的に堕胎させられ妊娠できなくなってしまう。シンシンの水難事故が起こったのはその後だった。さらには市場経済導入により、2人は人員整理の対象となってしまう。
団地でつつましくも仲良しの同僚とも楽しく過ごすささやかな幸せを感じるパート。とはいえ2人が働く企業が国有企業の工場ということもあり、仕事の場面では共産主義を強く感じる。特に一人っ子政策の表彰の場面や人員整理の場面は不条理さが表れている。
この時代で最も大きい事件はシンシンの水難事故。もう妊娠できないリーユンにとっては辛いし、堕胎手術を勧めておきながら我が子が原因となったハイイェンも後悔を抱き続ける。

川沿いの町
ヤオジュンとリーユンは、養子シンシンを取り誰も自分たちを知らない町へ移り住み小さな工場を始める。しかし思春期のシンシンは学校になじめずに孤立し盗みを犯した上に不登校でもあった。ある日ヤオジュンに叱責されたシンシンが失踪。不良集団と帰宅する。ヤオジュンはシンシンに身分証を与えてシンシンに家を出るように伝える。ついに夫婦は"シンシン"と別れることを決意したのだ。しかしその後の夫婦関係はぎくしゃくし始め、ヤオジュンの不倫やリーユンの自殺未遂が起こる。
ヤオジュンとリーユンは、習慣や言葉も違うような町で心機一転しているようにも見えるけど、養子にはシンシンと名付けているしやはり立ち直れていない様子。しかも職場では、何もない街に出稼ぎにきた2人をいぶかしがる目もある。しかも養子シンシンは、問題児で不良となってしまう。夫婦にとっては新たな環境でも順風満帆とはいい難い状況なのである。とはいえ、養子シンシンからしても実の親ではない夫婦の元で「シンシン」として扱われて居場所がなかったのかもしれない。彼が去る際に流す涙は、育ての親への感謝だけでなく、「シンシン」を演じなくて済む安心感もあったのかもしれない。
ただ"シンシン"という支えをなくしてしまったからかヤオジュンとリーユンの関係も少しぎくしゃくする。すぐには"シンシンの不在"はすぐに乗り越えられないのだ。

現代の故郷
ハイイェンの葬儀をきっかけにヤオジュンとリーユンは故郷へ戻る。そこは高層ビルが立ち並ぶ、かつてと全く異なる故郷だった。しかしそこには変わらない団地と同僚たちが待っていた。そこで2人はシンシンの事故について、ハオハオの謝罪を受ける。2人は涙を流してもハオハオを責めないし、ハオハオの父親からハオハオを殺すよう言われても拒否する。そしてハオハオの息子誕生を祝うとともに養子シンシンからの連絡を受けるのだった。
まさに変わる時代と変わらない絆が現れたラストだった。ヤオジュンとリーユンは時代や不運に翻弄される人生を送ってきて、もしかしたら苦難の方が多かったかもしれない。それでも、ずっと生きているからこその友情や人々の絆の重要性を強く感じているのだろう。作中流れて原題にもなっている"地久天長(中国版蛍の光)"の歌詞の通り、友情を肯定する締めくくりだったと思う。
そしてハオハオの謝罪を受け入れてその父親の願いを拒否するのは、ヤオジュンとリーユンが"シンシンの不在"を受け入れたことだけでなく命の重さをよく分かっていることが理由なんだろうと思う。シンシンの不在を受け入れ人の絆の貴重さを知った2人が、養子シンシンとどのように再会するのか、互いを許し前向きに向き合えるのだろうと思う。

印象に残ったシーン:養子シンシンが家を出るシーン。ハオハオが謝罪をするシーン。養子シンシンが電話するラストシーン。
亘