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浅田家!のMaUのレビュー・感想・評価

浅田家!(2020年製作の映画)
4.0
「なりたいものになれているか」というテーマについつい説教くさいドラマを想像してしまうけど、そこは中野監督、さらりとかわしてみせて、監督独特の世界観で見せてくれた。宣伝文句の「笑って泣ける」も然り。そんなこと成立するか、と穿って見てしまうのに、まんまと笑って泣かされる。それは前半で私がすっかり浅田家と浅田政志に取り込まれ、彼らに起きることを追体験したからなのだ。そのさじ加減が本当に中野監督は素晴らしい。震災を描くということに対する不安も一掃してくれるぶれない監督の手腕も存分に味わえた。実に「あったかい」作品。

浅田政志は母が稼ぎ頭で父は主夫、そして真面目に生きている兄が一人、という家族の次男坊。夢に向かって精進し血のにじむ努力をし、ということもなく、まさに風来坊。写真への独特の感性やきらめきはありながら、専門学校もやっと卒業、そして釣り、パチスロの日々。そんな中、兄の叱咤もあって家族写真を撮ろうと思いつき、兄や家族の協力を得て作品を積み重ねていく、やがてそれは出版されて賞もとり、写真家として歩み出すが、そんな時東日本大震災が起きて…

出ている人物が一人一人とても愛しい。なによりのらりくらりでマイペースな政志の二宮和也がとてもいい。のらりくらりだけど真底からのクズではない。才能はあるし信念もあるが本当にマイペースで、でもなぜか放っておけない愛らしい人。それを本当に自然体に体現している。そして、のらりくらりしているけどポイントごとに信念を持って動いていることも彼を追っていくとよくわかる。特に後半は彼が見せる意味の違う様々な涙にこちらも感情を揺さぶられる。激情な涙ではなく、気づくと流れてしまう、という涙で、映画館を出るときにはとても温かい気持ちになった。彼の芝居が大好きだが、今回一番好きだったのは、泣いている小野君の背中に「小野君、今日はね…」と語りかけるシーン。その言葉の抑揚や優しさや温度感が本当にちょうどよくて泣ける。

両親はもちろんだが、兄の妻夫木聡もいい。振り回される兄らしさ満載の「消防車?」は一番好きな台詞だ。そして言葉は強くても、いつでも弟を愛しているぶれない存在感が見ていて嬉しくなる。政志が東京に行く前をはじめとした兄弟二人のやりとりがすべて好き。

さらに、幼なじみの若菜役の黒木華がとてもとてもいい。中野監督が描く自立した女性が私は好きだけど、この若菜は本当に素敵な女性。ダメンズを愛してずるずると流されるのではなく、叱咤して、背中を押して、自立して、脅す。でもやはり、政志を信じて愛している。すがらず流されず、でもやはり迷いも涙も見せる若菜の黒木華は魅力的だ。二人が呼び合う「浅田君」「若菜ちゃん」という呼び方も好き。

後半パートでは小野君の菅田将暉が出てくるが、彼の押さえた哀しみや信念がとてもよかった。うまいなと思わされるのは出会いのシーン。写真をきれいにする方法を政志が実践するのを目にして、疑心暗鬼からふわぁっと表情がゆるむところがとても好きだ。

出ている人物すべてよかったが、個人的には池谷のぶえと北村有起哉の存在感は忘れられない。特に、写真集を出した後になかなか結果がついてこない政志に声をかけたときの池谷のぶえの一言が胸に刺さる。もちろん、後半パートの子役の後藤由依良もよかった。

ご立派な生き方だけが物語になるのではない。小さな家族の中にもそれぞれのドラマがあり、そこに宝石みたいなきらめきがある、としみじみ思い出させてくれる。そして、家族写真は残った写真だけではなく、その写真を撮ったときの物語が一枚一枚にあり、それが家族の歴史になるのだ、とも。「なりたいものになれているか」というテーマも、力強く目指して得るだけではなく、才能があったとしても、家族の愛や運や縁、出会い、そして巡り合わせでつかんでいくこともあるし、人生なんてその方が多いのではないだろうか、と政志を見ているとつくづく思う。

心が疲れていても、受難に負けまいと日々肩に力を入れて頑張っている今だからこそ、こういう作品で私たちは泣くべきなのではないかと思う。温かい涙を流したいすべての世代の人に、今ぜひ見てほしい作品だ。

そして、中野監督がやはり私は大好き。様々なジェンダーをひょいと飛び越えて肩に力が入っていない感じも、潔い作り方も、底に流れる優しさも愛情も私には本当によく響く。これだから中野監督が好きなんだよ、という台詞を一つ。「カレー、甘口にしといたわ…」。ここに私が監督を好きな理由のすべてがあるといっても過言ではないかも…
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