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熊は、いない/ノー・ベアーズのMaUのレビュー・感想・評価

3.8
熊はいないのか、熊などいないのか、だけど熊はいる、のか…

映画監督のパナヒはイラン出国を禁じられており、国境沿いの村からリモート通信で指示を出しトルコの国境沿いの町でのドキュメンタリー撮影を敢行している。Wi-Fiトラブルで撮影現場との通信が途絶えた日、出来心で村人のスナップを撮影したことで村でのトラブルに巻き込まれていく。

一見のどかで穏やかに見える国境沿いの村、そこには目に見えない熊がいる。古いしきたりや厳格な宗教の教えに忠実で、外れることを許さない村人たちの生き方に、都会のテヘランから高級SUVでやってきて村長の口利きで滞在している映画監督パナヒは冷静な視線を向ける。ドキュメンタリーの中でパリに不正パスポートで逃亡しようとしているカップルと、村で密かに愛を育むカップルのあり方を通してパナヒは巧みに彼の国のおかしさや窮屈さを訴える。実際にパナヒは2010年に逮捕され、イランからの出国禁止と20年の映画制作禁止を言い渡されている。その彼が本人として作品に登場し、自身の目線を通して訴えてくる視点の数々はとてもリアルだ。

途中裏の手で国境を越えてはどうかと助手に促され、実は自分のすぐ足元が国境線だったというくだりが描かれる。彼は急いで足を引っ込め、来た道を車で戻る。その件もまた、終盤に向けてボディブローのように効いてくる。やはり熊はいる。

だんだん追いつめられて、とうとう村を離れざるを得なくなるパナヒ。二組のカップルの行方。ラスト、シートベルトの警告音にドキドキが止まらない。

もちろん日本に置きかえても作れる話でもある。こんな村はあるのかもしれない。でもイランにおいてのこの話はあまりに窮屈で重い。その重さに胸がつぶれそうになる。私達は世界をあまりにも知らない。もしも熊などいないと言い放てるとしたら、ナンセンスだと笑い飛ばせるとしたら、それはあまりに無知で幸せな一握りの人間なのかもしれない。

長期休暇の間に映画館で映画が観たくて候補の中で時間が合い観る機会を得た作品。高い評価を得ながら自国では上映禁止だという事実が後にわかり、あらためて今回選択して正解だったと思う。構成や脚本や演出がまた素晴らしい。フィクションに織りまぜられているノンフィクションの部分をつい考えずにいられなくなる。ネタバレを踏まずにぜひ観てほしいと思う作品。
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