MaU

アナログのMaUのレビュー・感想・評価

アナログ(2023年製作の映画)
4.0
インタビューで悟役の二宮和也はこれは決してファンタジーではないと語った。でもあえて私は言う。これは素敵なレトロファンタジーなのだと。

アナログの手ざわりにこだわる建築デザイナーの悟は、ある日自身が手がけた喫茶店「ピアノ」でみゆきに出会う。店の常連の二人はゆっくりと距離を縮めていく。そんな二人が交わした約束はたった一つ、「毎週木曜日に『ピアノ』で逢いましょう」だったのだが…

アナログ、という言葉が結びつけていくもの、その豊かさが全編に溢れた作品だった。ストーリーはシンプル。その中で私たちは激情的に揺さぶられるのではなく、悟の悪友のように、母のように、みゆきの姉のように、ピアノのマスターのように二人を見守りながら自然と温かい涙が溢れて止まらなくなる。その余韻はいつまでも続き、思い出してはまた涙がにじむ。ピアノ、海、空、象徴的な断片が繰り返し繰り返し浮かんでくる。

前半はだんだん距離を縮めていく二人のもどかしいほどの純愛の日々。家族や仕事や友達とのごく普通の日常の中に沸き起こった悟の恋の感情とそれにさざ波のように心地よく揺れる様。後半は一転、突然会えなくなった二人の謎が明かされていく話。選択、真っ直ぐさ、アナログな彼らがたどる道はやはりある意味ファンタジーだ。そして映画はこうあるべきだし私はとても好きだった。

ストーリーがシンプルなだけに役者の力量と監督の手腕が問われる。それがとても心地いいハーモニーを奏でて良質な手ざわりに仕上がっていた。邦画では近年なかなかないタイプの話だと思う。二宮和也と波瑠のカップルがとてもいい。仕事はできるのに恋はからきし苦手な感じの人のいい悟、美しく品があり悟に好感を寄せつつどこか神秘的な雰囲気も合わせ持つみゆき、どちらも絶妙だった。ほんの数分のやりとりからあっという間に恋に落ちていく悟の少年のような初々しさ。ゆっくりとゆっくりと氷が溶けていくように悟になじんでいくみゆき。アナログなやりとりは相手を思う優しさを膨らませながら進んでいく。何度も何度も涙を流しながら。その透明感とぬくもりがなんとも言えずいい。監督の演出は、役者のワンショット、二人の海のシーン、あえての長回しからの急なカット、重ねる暗転など、独特のクセもありつつ、作品への思い入れと人に向ける優しい視線とバランスのよさが効いていた。重ねている時間の長さも感じた。美術と劇伴もいい。

アナログのよさは答えを急がないこと。会えなくても待つ。理由をすぐに問い正さない。シンプルな気持ちに素直に向き合う。大事な用件は足を運ぶ。丁寧に時間を積み重ねる。そのどれもが、アナログなやりとりを現実として知っている世代の原作者(ビートたけし)がデジタルな時代に送りたかったメッセージでもある。それを脚本はよく拾って再構築している。奇をてらわず台詞が丁寧で人物全てに愛があり、前半と後半の緩急もよかった。もしかしたら、アナログを知る世代には何重にも刺さる話なのかもしれない。今のデジタル社会における話なのだということも含めて、私たちの心の紡ぎ方をあらためて見つめてみたい気持ちになる。アナログ世代の監督が原作を読んでどうしてもこれは自分が撮りたいと申し出たのも頷ける。

二宮和也は涙がいい。涙でぐちゃぐちゃな顔がいい。背中がいい。戸惑い揺れて悩む様がいい。人に触れる時の手の温かさがいい。「ん?」と問いかける声がいい(酔って歌う「涙のキッス」もいい)。これほど二宮和也のよさが引き出される作品は久しぶりのような気がする。やはり普通の人のあり方がとてつもなくうまい。普通を普通に見せられる特別な役者だ。私は母(高橋惠子)を見舞うシーンが好きだった。ドラ焼きをちぎって分ける姿が息子そのもので、伸ばした母の手をそっと取る所作がなんとも優しくて、悟がどんな人物かをよく表現していた。

波瑠は佇まいの美しさがいい。内心がわからず、私たちは悟と同様みゆきの本心を探りながら進む。触れてはいけないなにかを抱えた感じ、静かに葛藤している感じ、でも悟をだんだん好きになっていく感じがいい。品があり涙も美しい。落語のさわり、ハグ、夜の海、糸電話のみゆきが愛しい。

悟の親友の高木(桐谷健太)と山下(浜野謙太)が素敵だった。たびたび顔を合わせてはバカ話で盛り上がる三人の友情がこれまたアナログで尊い。監督のカットがかからずアドリブを延々と三人で続けたと語られていたが、とても自然で愛の深いあり方でこの友情が羨ましくなる。さらにはピアノのマスター(リリー・フランキー)、みゆきの姉(板谷由夏)の存在感も素晴らしかった。

ネタバレのないように書いたのでラストには触れないが、一度目でストーリーを知ったら、ぜひみゆきの本心を持って二度目を観てほしい(私は即刻二度目を観てきた)。悟とともにストーリーを追っていく手探りの一度目とは作品の味わいが変わってくる。踏まえることでグッとくる場面も変わってくる。涙もその分増えるけれどぜひ…

追記:監督と二宮とビートたけしはドラマ「赤めだか」でのタッグが縁。今回原作を読みながら監督の頭の中では悟は二宮一択だったという。今回の作品にはこの不思議な縁の三人のほかドラマ「赤めだか」にも出演したリリー・フランキー、宮川大輔、坂井真紀が色を添えている。作品中高木が悟に芝浜をやれというくだり(おそらくアドリブ)にもクスッとなる。

舞台挨拶で拾ったキーワード:IT、熱々のアレ
MaU

MaU