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ナイル殺人事件のOtoのレビュー・感想・評価

ナイル殺人事件(2022年製作の映画)
3.8
クリスティが「探偵小説と海外旅行は逃避的志向という点で共通している」と言っているけど、すごく旅行に行きたくなる映画だった。考古学者と結婚したくらいに新しい土地や文化への関心が強かったらしいけど、ポアロがまさにその性格をトレースしていて、"逃避"って悪いことじゃないなと思える。というか、逃避しない日々の方がよっぽど不健康。序盤とか特にそうだけど、わっかりやすいCGを使って絵画みたいな画作りをしているのが意図的なのかどうかは気になった。

クリスティ作品では「最も劇的な結末」が選ばれることを経験的に知っている(オリエント急行、アクロイド殺し、そして誰もいなくなった...)から、原作は観賞後に読むまでちゃんと読んだことなかったけど、犯人の目星は序盤からだいたい想像がついている状態で映画が進んでいく。でもその予想をアリバイによって覆そうとしてくるのがさすがというか、『検察側の証人』(情婦)を連想させるような二転三転の面白さがあった。行動を思い返すとさりげない伏線も多い。

やっぱりジャンルのパイオニアって偉大で、「ビートルズ以降の音楽はすべて彼らの焼き直しだ」ということがよく言われるけど、クリスティ以降のミステリー作品も、彼女が作ったリング上でいかに今までと違うことをやるかというゲームになっているよなと思う。
ヒッチコックもシャマランも大好きだけど、根底にある裏切りの構造はクリスティが作ったものに感じるし、ミステリー以前に「群像劇」としての描き方(散らかったパーツを巧妙に組み合わせて本質を装飾して隠す)は特に、映画や小説のような長い時間をかけて楽しめるコンテンツの根幹にある面白さ。

作品の読後感としては『あのこは貴族』に近い「宿命」のようなものが残って、社会的なテーマとしても時代を超えた普遍的なものが選ばれているなと感心する。リネットという人物がすごく魅力的に見えるのは"富豪が孤独"であること以上に、「肩書きや持ち物ではなく自分の本質を愛して欲しい」というインサイトをいまだに多くの人が抱え続けているゆえの共感だと思う。
彼女が迎えた結末はあまりにも哀しくて、たとえ彼女が性悪だったとしてそれは環境や生まれによるものだと思うし、死ぬ瞬間まで孤独であり続けたんだなぁという哀しさがあった。

・登場人物が整理されてるといはいえ、やはり短い時間で外国人の名前をたくさん覚えるのは難しい(あれだけの数の人物を端的に紹介する演出は上手だなと思った)。
・コナンと同様に、ポアロという主人公が抱える決定的な矛盾(彼の存在によって殺しが加速している側面があること)も浮き彫りになっていると感じる。
・映画オリジナルの口髭要素も、「愛はそう簡単に消えはしない」の提示としてはすごく秀逸だけど、本編とトンマナがあまりにも乖離していて「あれ、違う映画見に来たのか?ってか、これでいいのか?」という感じはした。
などはあるけど、総じて満足できる出来だったと思うし、薄いけど前作とのつながりもあった。

前作では列車内の移動を上から俯瞰したアングルで撮るとか最後の晩餐の構図を作るとか「技巧的」な表現が印象に残ったけど、今作はむしろオーソドックスに、そして「官能的」に人を映すことが主旨だったのかなと思う。音楽、ダンス、喧嘩、恋愛。ポアロの感情的な側面が切り取られているのも楽しめるポイントで、人が抱えるトラウマや悲しみこそがその人を輝かせているのかもしれないと思った。

休日の早朝なのに一番大きなスクリーンが満席になっていて、『ナイブズ・アウト』なんかもそうだけど、ミステリーってまだまだ可能性があるんだな、というかほぼ1世紀前の作品がこれだけ多くの人に愛されるってほんとにやばいなと感じたりした。
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