Oto

哀れなるものたちのOtoのレビュー・感想・評価

哀れなるものたち(2023年製作の映画)
3.9
赤ちゃんの脳を移植された「見た目は大人・頭脳は子供」な女性が、世界を旅しながら学習をしていく逆コナンくん的な物語。オスカー候補だけあっていまだに満席。

手放しに最高!と言える作品ではないけれど、チャレンジングな作品で学びは多かったし、自分の世界の狭さや自信のなさを見つめ直す機会になった。

●試して改善する実験的な人生

学ぶことの重要性をフラットに多面的に教えてくれるのが良い。科学者だから、弁護士だから、娼婦だから、黒人だから・・・ということではなく、誰もが学ぶことで成長して変われる可能性を秘めている。

ベラの成長がそれを象徴していて、学がない時点では熱烈ジャンプ・自慰・暴飲暴食に耽るしかやることがないし、お金を稼ごうとしても娼婦以外の選択肢はないという残酷な世界だけど、どんなビハインドを背負っていてもどんな環境にいても、学ぶことに貪欲な人は強い。だから繰り返し”improve”という言葉が出てくるし、とりあえず試行してみて改善を図るという実験的な人生が描かれている。

野蛮から聡明へ変わって、どんどん言葉選びが魅力的になっていくのが好き。船の上で彼に求婚された時の「For Now, For Fun.」もすごく素敵だし、娼館で「女性側が選ぶのはどう?」とかも本当の創造性ってああいうことだよなと思った。世界のルールを変えるのは「空気を読まない姿勢」だし、優しさとは技術として獲得していくもの。

一番好きなのは、見たことないほど自由なダンスと、ベタだけど笑ってしまう会食。でも船でのおばあちゃんとの読書に関する会話もすごく好きだし(脇役みんないいよね)、娼婦として働きながらも心のつながりを諦めずにジョークを言うのもかなり好きだし、終盤に森の中を二人で散歩するシーンもほっこりするし、記憶に残るシーンばかり。ドゥニヴィルヌーヴも最近「会話より映像と音響」と最近言ってた。

●「哀れなるもの」は誰か?

一番の反面教師が、マーク・ラファロ演じる弁護士の浮浪者。この人は職業とは対照的にかなり「愚か」な人物として描かれる。知性がないので、愛人を束縛したり、酒を飲みまくってギャンブルをしたり、でしか満足を得られない可哀想な人。誇張されてはいるものの、社会人にもこういう人は多い。個人的にはかなり好きなキャラだけど。

「君の身体だから君のものだから・・・」という素敵なセリフがあったけど、一方で他人を束縛することは自分を束縛することに他ならないし、科学者である博士ですらも親から受けた虐待的な実験のトラウマを引きずって娘にもそれを継承しようとしている(どうでもいいけどやっぱりスパイダーマンの記憶が残っているので、マッドサイエンティストに適任)。

でも他人は変えられないし、そういうある種の「諦め」にも近いものを受け入れて自分の人生を生きていく方がずっと幸福。もはや凶暴な元夫が語っていたような「許す」とかですらない。アンコントローラブルな他人に幸せを委ねるほど、自己がどんどん不安定に(つまりメンヘラに)なっていくか、誰かを支配しようと暴力的になるしかない。一番最後のショットも「諦め」がすごく伝わる。

そう考えると、「哀れなるもの」とはベラではなく、むしろ学ばずに停滞し続ける者たちなのではないか?と思わさせられたりした。『怪物』と似たタイトリングかもしれないし、最近だと『訂正する力』という新書にも同じことが書かれていたけど、過ちを認めて謝っていくことの重要性を知った。

ただ一方でやっぱりこれは「おとぎ話」だと感じるのが乗り切れない部分でもあって、ああやって強く生きられたら最高だけど、やっぱり人間は寂しがりで感情的だし、ベラが途中で発したように「残酷になりたくない」という思いもある。自由なファムファタールを好きになってしまう善良な夫・マックスに自分が重なったけど、「帰ってきてくれれば幸せ」みたいな姿勢もある種の諦めであって、幸せといえるのかは難しい(序盤は「鳩」とすら言われていたし)。特にベラは環境要因も大きいと思う。

知性がある人/ない人って綺麗に分けられる世界じゃないからこそ、対立や複雑な関係性が生まれていくのであって、その辺りはかなり「図式的」な映画だと思った。物語という視点でもやっぱり描かれていないところは多くて、例えば船以外での移動はほとんど描かれないし、過去の自分を知っている婦人と出会っても疑問を掘り下げない。そういうところの感情やリアリティは結構切り捨てられているなと感じた(例えば、黒人との別れ際の会話も本当はもっと複雑だけどシンプルにされているらしい)。

●ノールールな時代設定と美術

魚眼や広角のショットが頻繁に挟まれていくけれど、世界の異様さや違和感の表現として効果的。はじめは博士の視点なのかな?と思ったし、たまに吐き出す泡のようなものにも最初は驚いていたのに、だんだん不思議な設定に慣れていく自分がいた。情事を通じて世界が色づくのは笑ってしまったけど。

時代設定もモデルはあるらしいけど、スチームパンク的な不思議なロープウェイが浮いていたり、異様にも短いスカートを採用していたり、全体的に「絵本」のような空想的な世界観。額縁のようなクレジットも面白いし、章ごとに挟まれる挿絵も美しい。

ベラがノールールで動いているように、この作品自体もノールールという感じで、鶏と犬が合体しているかのように、現実と空想、過去と未来、外側と内側が組み合わさっていてそれが面白い。音楽も人工的な不気味さがあるのに心地よくてすごい。

西川美和さんが「フィクションには、一見自分とは関係ない問題を普遍化する力がある」という話をしてたけど、まさにそういう力がこの映画にはあったと思う。XやThreadsで同じことをいくら説教くさく語っても、それはただのエコーチェンバーじゃないのか、世界を変える力があるんだろうかと感じて、語るだけじゃなくて作っていこうということを強く感じさせられた。

冒頭からかなりタブーを冒していて、自殺から始まるし、大女優が脚でピアノを弾いたり食事を吐き出したりしたら、きっとCMだとしても見てしまうだろうし、短い時間で観客を惹きつけるツカミ力が強すぎるな~と思っていたけど、CM出身監督だと聞いて納得した。他作を見られていないので追いかけたい。

*追記:元ネタとして2作教えてもらったなるほど〜となった。

①神話『ピュグマリオン』:自ら掘り上げた美しい彫刻に恋をしてしまう(=丁寧に育て上げた教え子に追い抜かれる)

②映画『セコンド/アーサー・ハミルトンからトニー・ウィルソンへの転身』:平凡な生活に退屈した銀行員が、秘密組織の手術によって画家に生まれ変わる(→魚眼レンズを多用)

*果たしてフェミニズム映画と言えるのか?の議論
https://www.theguardian.com/film/2024/jan/24/bound-gagged-poor-things-feminist-masterpiece-male-sex-fantasy-oscar-emma-stone-ruffalo
Oto

Oto