亘

ペイン・アンド・グローリーの亘のレビュー・感想・評価

3.9
【痛みと向き合う】
映画監督サルバドールは、全身に痛みを持ち映画を撮る気力を失っていた。そんな彼の元に32年前の代表作の鑑賞会へのQ&Aのゲスト出演依頼へ届く。そして彼はかつての仕事仲間との再会などを通し再び映画撮影へ乗り出す。

ペドロ・アルモドバルが自信を投影したという作品。全編を通してアルモドバルらしい原色の色彩・インテリアが施され、アントニオ・バンデラスやペネロペ・クルス、セシリア・ロスなどアルモドバル作品常連の俳優が出てくる。主人公はゲイで彼を女性たちが取り巻くというのもまさにアルモドバル映画らしいと思う。

今作は幼少時代の回想、4年前の回想と現代からなる。
[少年時代の回想]
サルバドールは母ハシンタとバレンシアの田舎町パテルナへ移り住む。聡明なサルバドール少年は近所の職人エドゥアルドに読み書きを教えるようになる。一方で貧しいために勉強をするには別の町の神学校へ進まなければならなかった。
[4年前の回想]
母ハシンタの死の直前。母がマドリードのサルバドールの元を訪ねる。親子水入らずの時間を過ごすが、ハシンタは村で死にたいという。サルバドールは母の想いを叶えようとするも直前で母が亡くなり、その思いを叶えることはできなかった。
[現代]
満身創痍の老年サルバドールの元に32年前の映画『風味』の鑑賞会とQ&Aの出演依頼が届く。それがもとで上映当時仲違いしていた俳優アルベルトに再会し、サルバドールの日記の演劇を通して今度はかつての恋人フェデリコと再会する。そして彼は自らの半生を描いた映画の作成を始める。

今作の最も大きな主題はタイトルにもなっている「痛み」と「復活」。その2つの間にあるのが「痛みに向き合う」ということだろう。サルバドールの痛みは身体的な痛みと精神的な痛みとがあった。

身体的な痛みでいえば、老年のサルバドールは満身創痍。頭・背中・腰、そしてのどの突っかかり。それらは年からくるものでしょうがないと半ばサルバドールは渋々それらと付き合っていたのだ。特にのどの神経の骨化は、過去が痛みに変わってサルバドールを痛めているというメタファーに思える。
一方精神的な痛みでいえば、かつての恋人フェデリコとの別れやアルベルトとの確執、母の望みをかなえられなかったことだろう。これらの痛みもまた長く生きてきたことで積み重なった痛み。彼が少年期の回想をよくするのも、そんな痛みのなかった時期を懐かしんでいるのかもしれない。

そんな身体と精神の痛みをごまかすのが酒であり薬であり少年時代の回想だった。特にアルベルトに会ってからはヘロインに手を出してしまう。しかし彼はそれまで避けてきた過去との対峙を通して過去の痛みやわだかまりを解いていく。アルベルトの演劇やフェデリコとの再会、友人の女性スレマとの会話である。過去と対峙し周囲の人々が変化しているのを見て心のつっかえが取れているように思えた。そして、終盤の鎮痛剤変更や、のどのつっかえの除去手術というのは、身体的な痛みと向き合ってそれを乗り越える姿を描いているのだと思う。つまり精神と身体両方の痛みに向きあいそれを乗り越えようとしたのだ。

終盤で彼は『初めての欲望』という自らの半生を語る映画を作り始める。「映画撮影はできない」と話していた彼にとっては久しぶりの作品。まさにこれは彼が痛みと向き合い、乗り越えた復活の作品なのだ。

今作は、「[サルバドール=アルモドバル]が自らの半生を描く映画を撮る」という映画をアルモドバルが撮るというメタ構造になっているけど、アルモドバル自身が自らの復活やさらなる飛躍を願って作った作品なのかもしれない。

印象に残ったシーン:サルバドールとフェデリコが再開するシーン。少年サルバドールが気絶するシーン。
亘