ベイビー

フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊のベイビーのレビュー・感想・評価

4.3
片想いと言う勿かれ

この作品に挑む前に、先日「SUPER DOMMUNE」で配信された「フレンチ・ディスパッチ特集」のプログラムを観ることができ、とても参考になりました。

プログラムは2部構成になっていて、その第2部は野村訓市さんとウェス・アンダーソン監督とのリモートインタビューが生配信されており、今でもyoutubeのアーカイブでその映像を見ることが出来ます。

https://youtu.be/CHJTNBkZqLE

その中でウェス監督は、アメリカの雑誌「ニューヨーカー」が好きで長年愛読し、バックナンバーもコレクションしているとのこと。併せてフレンチ・カルチャーも大好きで、自分の作品を創る上で、少なからず影響を受け続けているとも仰っていました。

そこで今作を作ろうとした経緯も語られていて、「ニューヨーカー」という雑誌にインスピレーションを受けたことはもちろん、「ニューヨーカー」自体の歴史や雑誌が生まれるまでの構造そのものに興味があり、丁度アンソロジー作品を作りたい時期でもあったので、必然的にこのような作品の企画が立ち上がったのだと言われています。

その気になる「ニューヨーカー」をWikipediaで調べてみると、

「ルポルタージュ、批評、エッセイ、風刺漫画、詩、小説などが掲載される。レビューやイベント情報はニューヨーク市の文化を主に取り扱うが、当誌はニューヨーク外にも幅広い読者を持つ」

とあります。

今作で言えば70年代フランスの架空の街、アンニュイ=シュール=ブラゼの文化や情報などを取り扱った雑誌が「フレンチ・ディスパッチ」。言うなれば、この作品は"雑誌"みたいな"映画"… いや、"映画"の形をした雑誌と表現した方が正しいのでしょうか?

とにかく、「ニューヨーカー」という雑誌や「フレンチ・カルチャー」、そして「映画」への愛情がこの作品から存分に伝わってきます。

この作品の公式サイトでも、

「ウェス・アンダーソン監督が超豪華キャストとともに贈る、活字文化とフレンチ・カルチャーに対するラブレター」

と書かれているとおり、この作品はウェス監督が長年親しんだ「ニューヨーカー」と「フレンチ・カルチャー」に捧げた熱い想いなのです。

それを示すかのようなワンカットごとの美しさよ

この作品の中に終始ダレた画は一コマもなく、全ての画が雑誌の掲載写真として成り立ってしまうレイアウトへのこだわり方が本当に素晴らしい。

ほんと、好きなことやってんなぁ。

と呆れるくらい、ウェス感一色な作品でした。

まず巻頭はオーウェン・ウィルソン演じるルブサン・サゼラック記者が自転車に乗って街案内。もうここから世界観丸出し。

STORY 1.「確固たる名作」では、ベニチオ・デル・トロが獄中の天才画家モーゼスを熱演。その彼が描く作品は"フレンチ・スプラッター派アクション絵画"と称される… はあ?

STORY 2.「宣言書の訂正」では、フランシス・マクドーマンド演じるルシンダがティモシー・シャラメ演じる学生運動家のリーダー、ゼフィレッリ・Bに言い放った一言が格言。

STORY 3.「警察署長の食事室」では、"アンニュイ警察署長のお抱えシェフ"というふざけた役職を持つネスカフィエが大活躍。まさに体を張った救出劇。警察官?の鑑。

巻末は編集長室で皆んなが集まって朗らかな大団円。"NO CRYING"と書かれた部屋では絶対に泣かない。っていうか、あの巻頭にもあったヒソヒソ話のくだりはなに?

そこから流れ込むエンドロールも"雑誌"と"フレンチ・カルチャー"への愛が込められていて、本当に素敵な終わり方でした。この作品がウェス監督の"好き"に向けた"ラブレター"というのも頷けるほど、その細部までのこだわりは感動さえおぼえます。

それで考えてみれば、あの三つのストーリーも主人公たちの想いを詰め込んだ"ラブレター"がしっかり描かれているんですよね。「絵画」「宣言書」「料理」として、主人公たちが自分の情熱を懸命に伝えようしています。

ウェス・アンダーソン監督がこの作品で伝えたかったのは、その"情熱"の形なのかもしれません。たとえ一方通行だろうとも、誰にも揺るがすことはできない"確固たる想い"というものを…

冒頭に触れた「SUPER DOMMUNE」で初めてウェス・アンダーソン監督がお話をする姿を拝見したのですが、終始柔和でアンニュイな表情を浮かべられていたのを思い出されます。

この作品はそんなウェス監督のお人柄だからこそ完成できたのではないでしょうか。きっと彼の人柄がなければ、あんなに豪華なキャスト陣をまとめられないと思うんです。

そしてあの質感、あの画のこだわり、あれ程のクオリティーのもを作ろうとするには、スタッフさんから絶大な信頼を受けなければ成り立たないと思うんです。

ああ、本当に贅沢な作品を堪能させていただきました。

それにしても、ウィレム・デフォーとかクリストフ・ヴァルツとかシアーシャ・ローナンとか、他の俳優さんたちの使い方雑過ぎませんか?
贅沢過ぎでしょ。
ベイビー

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