かなり悪いオヤジ

天国にちがいないのかなり悪いオヤジのレビュー・感想・評価

天国にちがいない(2019年製作の映画)
3.5
パレスチナ人の映画監督(スレイマン本人)が自作映画を売り込むために、故郷を離れパリとNYを訪れるという設定になっているが、本作に描かれているのは間違いなく(ガザ侵攻前の)イスラエル国内におけるパレスチナ人の搾取である。それもブラックユーモアたっぷりに。


当然イスラエル国内でまんまを撮影すれば“天国行き”なわけで、フランスやアメリカがパレスチナ化=警察国家化している様子を誇張表現を交えて描いている。パリの街中を通過する戦車の隊列、怪しいアラブ人に目を光らせるセグウェイに乗った警察官、自動小銃を肩に担いだ主婦が普通に買い物をしているスーパー…


職を失ったアラブ人によるテロが次から次へと起きているパリは、私が20年前観光で訪れた時に比べかなり物騒になっているとは聞いている。しかし、本作で描かれているほど警戒が厳しくなっているとはとても思えない。このままユダヤ人跋扈を許していれば近い将来あなたたちの国からも〝自由“が奪われてしまうんですよ、それでもいいんですか?という警告の意味を半分込めているのだろう。


イエス・キリストの生まれ故郷ナザレに住居を構えているというスレイマン監督。ヨルダン川西岸やガザ地区に住んでいるコテコテのパレスチナ人に比べると、ユダヤ人入植者による締め付けはそれほどでもないようなのだ。自宅の壁に嘆きの“小便”を引っかけたり、庭に生えている🍋の実を盗む隣人たちの蛮行に、左の頬を差し出す心の余裕がまだおありなのである。


それに比べてパリやNYの住みにくさは筆舌に尽くしがたい。金はあるけど決して幸せとは言えない西側先進国の人々を、監督は実に捻くれた目で小バカにしているのである。アメリカのSFではなんとハンバーガーが1個4000円、リモートワークの影響で、閉店した飲食店を解雇された低賃金労働者がホームレス化し治安はメチャクチャ悪化しているそうなのだ。


映画のラストで、踊りに興じるイスラエル人をカウンター越しに眺めるスレイマン監督の冷たい眼差しが印象的だ。偶然にも、パレスチナとの境界付近で行われていたフェスに乗じて実行された今回の誘拐事件を予知するようなシーンになっていたのには驚いた。キリスト教徒のスレイマンから見ても、現在のイスラエル人はかなり調子にのり過ぎているのだろう。