亘

燃ゆる女の肖像の亘のレビュー・感想・評価

燃ゆる女の肖像(2019年製作の映画)
4.2
【消えない炎】
18世紀フランス・ブルターニュ地方。女性画家マリアンヌは、貴婦人から娘エロイーズの肖像を描いてほしいという依頼を受けて屋敷へとやってくる。肖像画を書かせようとしないエロイーズのために身分を隠して接近するマリアンヌだったが、次第に彼女とエロイーズは惹かれ合っていく。

女性画家が評価されず、また女性貴族は親が決めた男性貴族に嫁ぐのが当然だった時代を舞台に女性同士の恋愛を描いた作品。全編を通じて映像や風景、絵画が美しく、またほとんど女性のみで進行する女性の力を感じる。

画家のマリアンヌは絵画の講師をしていたある日、かつて自分が描いた作品『燃ゆる女の肖像』に再会する。それはブルターニュの浜辺に立つエロイーズを描いた作品だった。そこからエロイーズとの短くも忘れられない時間を思い出す。

マリアンヌは、貴婦人の娘エロイーズを描くためにブルターニュの屋敷に呼ばれた。屋敷に閉じ込められて暮らし、また肖像画を描かれることを嫌うエロイーズを描くため、マリアンヌは身分を隠して散歩相手として相手を観察する。するとエロイーズはマリアンヌに対しては心を開いて散歩を楽しんだりリラックスした様子を見せる。そして肖像画完成披露の日、隠れて絵をかいていたことを黙っていることに我慢できなくなったマリアンヌは本人に絵を見せる。しかし酷評されたマリアンヌはそして追加で5日の猶予をもらい肖像画の修正に取り組む。

本作のメインのパートはこの5日間での肖像画の描き直しパートだろう。屋敷の持ち主である貴婦人が出かけ、屋敷にはマリアンヌ、エロイーズ、メイドのソフィが残される。3人はそれぞれ立場も身分も違うけれど、同年代の若い女性ということで仲良くなる。この3人の団結が高まったきっかけは、ソフィの妊娠。メイドである彼女の妊娠がバレたり、子供を産んだりしたら今の仕事を失ってしまうかもしれない。ソフィの堕胎を手助けするために3人がまとまるのだ。とはいえこのソフィの姿も女性画家の冷遇と同様に当時の下働き女性の弱い立場を象徴しているのだ。

貴婦人がいない屋敷はまさに女性3人にとっての楽園だった。身分も立場も超えて3人の若い女性ということだけで仲良くなりはしゃぐ。そして次第に笑顔のなかったエロイーズも笑顔ではしゃぐようになる。エロイーズ自身母親によって"保守的な"女性の生き方を強制されて抑圧されていたのだろう。屋敷からは出されず走ることもできなかったし、勝手に結婚相手を決められていたのだ。しかし貴婦人がいない間はそんなしがらみも忘れていられるのだ。そしてついにエロイーズとマリアンヌは恋に落ちる。タイトルやカバーにもなっている、エロイーズの燃えるドレスは、これから始まる恋の強さを表しているように感じた。

2人が恋してからの変化も印象的。エロイーズは前よりも自然に笑うようになり、マリアンヌはより深く相手を観察できるようになった。きっとエロイーズは最初の肖像画が描かれたころからマリアンヌを好きだったのだろう。「これは私じゃない」という風に最初の絵を酷評して5日の猶予をもらったのも、5日間一緒にいてより自分のことを知ってもらいたかったからだと思う。肖像画の完成と幸せな5日間の終わりが近づくにつれ2人は感傷的なムードで互いに向き合う。

そしてマリアンヌが帰る日。朝食堂には、絵を運ぶ業者の男性がいた。この映画で久しぶりの男性の登場は、"楽園の崩壊"の象徴だろう。それにエロイーズが白いドレス姿でマリアンヌを引き留めてマリアンヌが振り向くのは、作中に出てくるオルフェウスの神話に通じる。神話ではオルフェウスが振り向いたことでその妻は冥界に引き戻される。エロイーズにとって、"望まない結婚=死"ということなのかもしれない。実際にその後の彼女の肖像にはマリアンヌとの思い出を示すメッセージも残っていたし、やはり彼女は結婚して生き生きと暮らせなかったのかもしれない。

最も印象的なのはラストシーン。マリアンヌはエロイーズとの最後の”再会"シーン。コンサートホールでマリアンヌの反対側の席にエロイーズが座っていたのだ。彼女は決してマリアンヌの方を見なかったし、ただ演奏に圧倒されて泣いていた。それでもその姿をずっと見ているのは、まるでマリアンヌの目がエロイーズにくぎ付けになっているのを追体験しているようだった。

印象に残ったシーン:エロイーズのドレスが燃えるシーン。エロイーズがなくラストシーン。
亘