ちぇり

燃ゆる女の肖像のちぇりのネタバレレビュー・内容・結末

燃ゆる女の肖像(2019年製作の映画)
4.7

このレビューはネタバレを含みます

綺麗で、美しくて、艶っぽくて、物悲しい。
激しい感情の起伏は無いけれど、見終わったあとには確実に美しくも悲しい後味が心に残る。互いを知り、恋に落ちる。限られた時間で精一杯愛し合う。でも、そこまで。当時のフランス社会に、女性同士が愛し合い暮らしていくという道は到底許されなかった。だからこそ2人ともそれ以上を望まなかった。思い出は思い出のままに。互いへの愛を抱えたまま、それぞれの運命を歩む。むしろ、生涯独身のまま父の画家という家業を継いで生きていくマリアンヌの生き方の方がよっぽど特殊であろう。エロイーズはミラノへ嫁ぎ、子供を産み、平凡な人生を歩んだのだろう。28ページの思い出と共に。
侍女のソフィと一緒に食事をしたり、カードをしたりして夜を過ごしながら少しづつ互いの距離を縮めていくシーンが、なんともよかった。荒れる海と冷たい風が吹く昼間と、暖炉で燃える火と台所の暖かい料理の夜のコントラストが素晴らしい。仲睦まじいというか、女同士の結束というか、上下関係とか友情とかを超えた「共犯」的な繋がりが3人にはあった。
特にソフィの堕胎をみんなで手助けするシーンが印象深い。3ヶ月も生理が来てないことを聞いてソフィの妊娠を知り、彼女が堕ろそうとするのをみんなで手伝うシーン。父親は誰かと問い詰めるでもない、命を大切にしろと説教するでもない。ただ彼女の意志を尊重し、それを手助けする。マリアンヌは自分も同じような経験があるから、エロイーズはどうしようも無いのを分かっているから。そんな感じがした。浜辺で限界になるまで走って子供を流そうとしているシーンは胸が痛かった。当時の時代にはよく使われていた方法のひとつなのだろうか。ほとんど民間療法とか迷信に近いものも感じるが、そこまでして子供を堕ろさなければと追い詰められる焦燥感。子供を殺すのは辛いし苦しい。でも産むことになってしまったら、もっと大きな困難が待ち構えている。女に選択肢などそもそも与えられていないのだ。村の老婆の元での堕胎手術のシーン。顔を歪ませて目を背けるマリアンヌに、見なければいけないとエロイーズが言う。命を殺している隣では、産まれたばかりの赤ちゃんがソフィの手を握る。その晩、3人はなかなか眠りに付けず、エロイーズはマリアンヌに今日のことを絵に残さなければいけないという。マリアンヌも内心どこかで同じことを思っていたのだろう。エロイーズの提案に微笑みながら、急いで筆をとる。美しいものだけを描くのが芸術ではない。女が女の苦しみを描いてきた歴史があるのだ。
映画の中で2回出てきた白い服のエロイーズそっくりの幽霊?がはじめは何だか分からなかった。お姉さんの自殺の話もあったので、エロイーズと似た顔立ちもあってお姉さんなのかな?などとも思っていたがどうやらミスリーディングだったようで。ヒントは3人で読んだ本の中に。オルフェスが振り返ったことでせっかく地上に戻れるはずだった妻が再び奈落に落ちた、別れの話。マリアンヌ、エロイーズ、ソフィの見解はそれぞれ分かれ、3人は熱い議論を交わした。ソフィはオルフェスが振り返ったのを身勝手だと非難する。マリアンヌはオルフェスが詩人としての立場を取り妻との思い出を見るために振り返ったという。エロイーズは、妻がオルフェスに振り返るよう誘惑したのだという。三者三様のこの解釈が、映画にも現れている。最後の結婚式のドレスらしい白の綺麗なドレスを着たエロイーズを抱きしめた後、マリアンヌは足早に館を去ろうとする。振り返ってはいけない。振り返れば、戻りたくなってしまう。自分のものにしたくなってしまう。でもそれは叶うはずがなく、エロイーズを奈落に落とすことになる。永遠の別れが訪れる。エロイーズはマリアンヌに振り返ってよと誘惑する。マリアンヌは画家(芸術家)としての立場をとって彼女との思い出を振り返る。そして二人は別れるのだ。オルフェスとその妻の物語は、マリアンヌとエロイーズの別れを示唆的に表現している。幽霊のように現れていたエロイーズのあの姿は、別れのこのシーンと重なっていた。
映画の終わりのシーン。二人の最後の再会の場は劇場だった。エロイーズを見つけたマリアンヌは彼女を注視する。まるで初めて出会った頃、彼女を描くためにまじまじと顔を見つめていたように。エロイーズもその視線に気づくが、彼女は決して目を合わさない。それまで音楽の少なかったこの映画は、このシーンで急にマリアンヌの激高と嫉妬を表現するような激しいテンポのクラシックが流れ始める。マリアンヌからの視線を受けながらも、エロイーズは決して目を合わさない。瞬きが少なくなる。口で呼吸をする。これらは、2人が肖像画を描き描かれている間に互いを観察した結果得たそれぞれの特徴だ。困惑した時、怒りを感じた時、戸惑いを感じた時、それぞれに出る特徴を互いに知っている。エロイーズの最後の顔のアップは、それらを表現的に見せているようにも見えた。息が荒くなって、涙が流れる。それでもエロイーズはマリアンヌと目を合わせなかった。
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