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ドリームプランのumisodachiのネタバレレビュー・内容・結末

ドリームプラン(2021年製作の映画)
4.2

このレビューはネタバレを含みます



ビーナス・ウィリアムズとセリーナ・ウィリアムズを生み出した父親リチャード・ウィリアムズを中心に、姉妹の少女時代を綴る作品。

カリフォルニア州コンプトンで暮らすリチャードとオラセンには5人の娘がいた。下の2人はビーナスとウィリアムズ(上の3人はリチャードの連れ子)。彼女たちは、テニスの優勝賞金が莫大な金額だと知ったリチャードが最初からテニスプレイヤーに育てるべくオラセンとの間につくった子どもだった。公営のコートで2人をトレーニングしながら、テニス界の大物にアプローチしまくって姉妹を売り込むリチャード。妄想としか思えない彼の言葉に耳を貸す者はいなかったが、あるとき実際に彼女たちのプレーを見てもらうことに成功する。無料でコーチをやってもらえることになったものの、条件は「ビーナスひとりだけ」というもので……。

テニス界のスーパースター、ウィリアムズ姉妹を育てた父親を描いた実話。とにかく成功を信じて頑固に目的に向かって計画を遂行しようとするリチャードを演じるのはウィル・スミス。

映画の冒頭。あらゆる人に妄言としか思えないセールストークを繰り広げては鼻であしらわれるリチャード。しかし、私たちは知っている。彼の妄言は現実となり、ビーナスとセリーナは実際に世界最高のテニスプレイヤーになる未来を。この絶対的な安心感が前提になっているので、リチャードのヤバさが最終的な部分で肯定されていく構造になっている。

というのも、リチャードはかなりどうかしているのだ。独善的で人の意見に耳を貸さず、子どもたちを絶対的な支配下に置いている(恫喝したりはしないけれど)。何でも勝手に決めてきて、子どもや妻の意見は無視。「自分は正しい」と信じて疑っていないので、本人の意見を聞くという発想自体がないのだ。

努力の甲斐あってなんとかビーナスにコーチをつけることに成功し、やがてビーナスはジュニアの大会に出て勝ちまくる。しかし、ビーナスに負けた少女たちが不満を露わにしたり親が怒り狂ったりするのを見て、リチャードはプロへの道を断りコーチを変更して大会に出すのも辞めてしまう。子ども時代は子どもらしく謙虚に楽しく過ごすべきであり、過剰な競争に晒されたり大人の思惑に振り回されたりするべきではないと痛感したからだ。

KKKに怯えながら育ち、コンプトンでも逆風に晒されて生きていたリチャードは、娘たちが自己肯定感を失わず、謙虚に正しく健やかに育つことを何よりも重視している。リチャードが娘たちを【正しく】育てようとするシーンはしつこいくらいに繰り返され、結果的にこのリチャードの態度は間違っていなかったことになる。

しかし、生まれる前からビーナスとセリーナの将来を決定し、それ以外の選択肢を一切与えず、練習も勉強も試合に出るのも辞めるのもすべて父親が決めているという超コントロール状態を敷いているのも事実なわけで。娘たちが納得しているからいいようなものの、まあ矛盾はしてますよね。こういったリチャードの極端さや異常性もたびたび描かれている(皆で『シンデレラ』を観るシーンは最たるものかな)。

おそらく、「結果的に成功したけれどリチャードは致命的に欠点のある人物だった」という面にフォーカスした脚本なのだろう。ウィル・スミスは素晴らしい演技で、虚勢を張っているが実は脆く弱いリチャードという複雑な人物を余裕を持って表現している。オスカー最有力といわれるのも納得だ。リチャードの言動のいくつかは最悪なのだが、ウィル・スミスが演じているから憎めないという効果もある。

全般的にドラマ部分は秀逸で、特にリチャードとビーナスが夜のコートで対峙する場面、オラセンがリチャードにキレる場面はとんでもなく良い。オラセン役のアーンジャニュー・エリスもオスカーにノミネートされるんじゃないかな。

一方、スポーツ描写としては(スポ根ものでもある)凡庸な印象。これといって斬新なゲームの描き方をしているわけでもないし、そういうところをカットしてもっと短くできたのでは?とすら思ってしまった。あと、本作はセリーナよりもビーナスにフォーカスしているつくりなので、セリーナの描写がやや中途半端な印象。本人も協力しているそうなのでそういった事情かもしれないが、もっと葛藤や焦りを目立たせても良かったのではないかな。私は彼女が途中で2回ほど口にした「目標」がとても素敵だと思ったし。

人種差別描写については控えめ。コートやロッカーに白人やアジア人しかいないので一目瞭然ではあるのだが、テニス界で特に人種差別を受けている具体的な描写はない。その代わり、コンプトンでの生活の困難さや黒人が置かれている社会的な構造そのものへの言及・描写が多い。

あと『King Richard』っていうタイトル最高だと思うんだけど、なんで邦題が『ドリームプラン』なの?確かに "Plan”は作中のキーワードのひとつではあるけどさ……偉大な姉妹を育てた功績、独善的な性格、ちょっと裸の王様っぽいイメージ、破竹の勢いでテニス界を征服していったことなどが上手く詰まった気の利いた原題なのになあ。









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