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ブルックリンでオペラをのumisodachiのレビュー・感想・評価

ブルックリンでオペラを(2023年製作の映画)
4.2


レベッカ・ミラー監督の新作。

ブルックリンに暮らすオペラ作曲家のスティーブンは、精神科医のパトリシアと結婚していたがここ数年スランプで鬱状態に陥っていた。たまには散歩に行くように妻に指示されたスティーブンは、バーで曳舟の船長だというカトリーナと出会う。カトリーナに強引に迫られたスティーブンは押し切られて関係を持ってしまうのだが、その経験がきっかけで新作のアイデアが浮かび久々の大成功をおさめる。しかし、恋愛依存症だというカトリーナが再び現れ困惑。一方、パトリシアの息子は移民の娘と恋愛関係にあって……。

病やコンプレックスを抱えている大人たちと、未来ある若者との対比が眩しいオフビートな恋愛コメディとでもいおうか。宗教、病気、人種差別、移民問題、学歴コンプレックスなどあらゆる社会的な要素を点在させているのだが、現代オペラ、修道院、タグボート、南北戦争の再現芝居といったかなり意外性のあるアイテムを配しているのが面白い。

ユダヤ系でありながらカトリックの教義の元で育ったパトリシアと、成績優秀で大学進学を願っていたマグダレーナ(パトリシアの息子の彼女の母親で移民)が、共に若くして出産したがために同じような不完全感のようなものに囚われているなど、バラバラなようで上手いこと配置されたキャラクターがとても戯曲っぽくて、個人的にはかなり好みの作品だった。

圧倒的に美しいアン・ハサウェイが一番ギリギリの精神状態なのだが、しかもそれは夫の不貞や息子の危機が直接の原因ではないのが面白い。夫が靴のままベッドに入っているのに激昂するところとか最高に良かった。「今の自分は自分ではない」という違和感にずっと支配されている、心ここにあらずな感じがとても巧みだった。どんなに美しかろうが、その人にとって何が一番重要かはわからないんだよね。

『COLD WAR あの歌、2つの心』で鮮烈な印象を残したマグダレーナ役のヨアンナ・クーリグの、疲れて諦めたような表情の奥に輝く知性も良かった。移民という立場から極右かつ保守的な夫の保護下に甘んじていた女性が、娘の危機に直面して愛と信念に目覚めるという過程も良かった。パトリシアがマリアなら、マグダレーナはマグダラのマリアだね。

がしかし、なんといっても本作のMVPはカトリーナ役のマリサ・トメイだろう。『ポルトガル、夏の終わり』トムホのスパイダーマンシリーズでもその個性を大いに発揮しているわけだが、とにかく健康的な感じの良さが全開で、どう見ても良い心根の人間に違いないという圧倒的な説得力がある。本作もその点を十分に活かしているわけで(実際、彼女が善人であることを強調するセリフもある)、ともすれば下世話にしかならない顛末を極めて爽やかにまとめられたのは彼女の存在感が大きい。ピーター・ディンクレイジも同様で、塞ぎ込んだ芝居の中でも健康的な色気を醸し出しているから、急展開するストーリーを成立させているのだと思った。

思い切って行動することが、自分自身の問題を解決するきっかけとなり、ひいては社会的なハードルを乗り越える可能性を示し、未来ある子どもたちを導くことになるという極めてポジティブなストーリーだと思うのだが、「大人になって今の気持ちを忘れてしまうのが怖い」という若い彼女のつぶやきが円を描くように効いてくる脚本もオシャレだと思った。本作に出てくる大人たちはまさに「若いころの気持ちを忘れてしまった」状態だったわけなのでね。

ヘンテコな作品ではあるが、人間って多かれ少なかれヘンテコだし、人生って意味不明な展開を見せるものだと思うので、むしろこれくらいがリアルなのかもなあという手触りだった。作中で2回出てくるオペラも面白くて(最初のやつは笑っちゃったけど)、飽きさせない。それにしてもこの邦題はいただけないけどね!どう考えても『彼女が降ってきた』が正解でしょう。

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