A8

生きるのA8のレビュー・感想・評価

生きる(1952年製作の映画)
5.0
“生きる”誰もが考えたことのあり、誰もが恋焦がれていること。その“生きる”とは、、
これほど素晴らしく表現された作品に出会えたことは財産であると思う。それほど感銘を受けた、、。

説明するほどの価値もないと紹介される“役所勤めの課長さん”がこの作品の主人公。
ある日、自分の余命が一年もしくは半年と知る。今まで、欠勤もせず何十年間も変わり映えのない職場で変わり映えのない仕事をしていた彼は、無性に“生きる”ということに恋焦がれる。だが、彼にはその“生きる”という行為がわからないのであった。息子が、、家族が、、とさまざまな言い訳が並べられるうちに完璧に忘れてしまったのである。
途方に暮れていた彼であったが、手を差し伸べてくれる人はいたし、世間一般でいう“遊び”をしてみたが、やっぱり違うのであった。
ある日、イキイキと明るい元部下の女性にばったり会う。彼女は彼が体験してみたかった“生きる”のようであった。しかし、彼女にはなれない、、。果たして、自分の“生きる”とは?そうだ!!!思い出したかのように彼は自分の殻から飛び出すように、いや全く別人に生まれ変わったのである。
自分の“生きる”を見つけ、その“生きる”という行為を全うした彼に止められるモノは何もないのである。

“生きる”とは、、?全く途方もないモノであり、見当もつかない疑問が一つの答えをこの作品に載せて提示してくれたようだった。

また、なんといっても“生きた”彼のお通夜で人々が集まるのだが、、最初は上を立てるため、今までの自分を肯定するために、、胸を押し殺し“課長さん”の功績を認めようとしなかった。だが、胸を抑えるダムにも限りがあるように、だんだんと“課長さん”の功績を認めざるを得なくなるのであった。そして、ついに“課長さん”のように“生きる”決意をするのであった。
だが、、“生きる”とは、やはり難しい。相当な覚悟が必要に違いない。だからこそ“生きる”人々、“生きた”人々は美しいのであろう。

結局、彼らが決意したことがときに流されいつものように、ただ“存在”する日々が続いていく。そういう描写まで描かれているのがなんとも心にグサリときた。
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