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陸軍のgenarowlandsのレビュー・感想・評価

陸軍(1944年製作の映画)
5.0
プロパガンダなのに反戦映画

木下恵介が陸軍から依頼され制作したプロパガンダ作品。プロパガンダなのに、最後の最後で泣きました。うまいなあ。これは木下恵介監督には、反戦の思いがベースにある。

建前を男性達に語らせ、陸軍の要望はとりあえず押さえてあり、でも最後の最後に母親(田中絹代)の涙で戦争の空しさ、命の尊さが一気に押し寄せ、それまでの大義はふっ飛んでしまう。大どんでん返し。出征する息子の市中の行進を万歳三唱する市民の中を縫いながら、泣いてどこまでも追う母。群衆に押され倒れ、手を合わせて息子の無事を祈る母親の姿以上の反戦の表現はないと思う。

その前まで男性陣は「自分の息子のことばかり考えおって、息子一人の命よりお国のことを考えなさい」と言われる商人。

そして父親(笠智衆)は商人に「ようやく息子が戦地に行ってくれて安心した。これでお国のために戦える」

息子には「戦争で死ぬのは当たり前、自分の名前を残そうなんて思うな、私(し)を殺しなさい、命はオオギミ様に捧げるためにある」

母も夫に合わせて「男の子は天子様からのお預りもの。戦争で役立ち天子様にお返しできる」

日清戦争で負傷して軍人ではなくなった父親(笠智衆)は、徳川光圀の書いた『大日本史』を愛読し、『五ヶ条の御誓文』と『軍人勅諭』を息子に暗記させ唱えさせ、軍人とは何かを教育し、日清、日露の戦いの大義も、東亜戦争の勝利も、誰にも譲らず主張する愚直な男。

妻は小売店を商い、家事をして、息子二人を育て、人間関係が下手で働かない夫に好きなようにさせている。文句も言わない。ただ、息子の気の弱さから、息子は軍人ではなく、別の仕事の方がいいと思っていた。

戦時下の「臣民」に求められる行動規範を父親に教科書的に語らせているんだけど、働かなくて家で読書か将棋で過ごす日々だから、説得力がまったくない。それを木下恵介はあえて設定したんじゃないかと思います。語る資格のない人間に陸軍の言葉を語らせ、言葉を無効化したのではないかと。

また、息子が突然トーンが変わり、オネエ言葉で話し始めるから、いやあ、(女の子を)戦場に送っちゃ駄目ーという気持ちも喚起されます。

最後の母親の涙は陸軍だって人の子、笑って万歳して送る図に差し替えられなかったんじゃないかな。

実際の大規模な市中の行進をかなり時間かけて使っていて(映像が遺影になった兵士もいます😢)、そこに母親が行進する軍隊の中を探しまわる。この作品のいちばんの感動シーンです。

陸軍が見せたかった延々と続く立派な勝利への行進は、一人の母親を入れただけで死への悲しい行進に反転しました。

この映画を観て、軍人は立派で、お国のために死ぬのは素晴らしい、なんて思う人は当時でもレアだったと思います。

すごいな木下恵介監督。天才です。

地に足をつけてどっしり生きている庶民(母)と、説得力のない理屈を述べる軍部(父)を批判的に対比させた秀作です。

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