亘

異端の鳥の亘のレビュー・感想・評価

異端の鳥(2019年製作の映画)
4.3
【居場所のない鳥】
東欧のどこか。家を失い1人となったユダヤ人の少年は遠くに住む両親の元へ歩き始める。それは過酷で数奇な旅の始まりだった。

"異端"とみなされた少年の旅を通して人間の残虐さを描き出すモノクロ3時間の大作。少年は先々で"異端"扱いされ時に冷酷に扱われて居場所がない。ホロコーストが背景にあるため基本的にはユダヤ人差別が主だが、それだけではない人間の私利私欲や秘めた残虐さも描いている。

原題"Painted Bird"は、作中に登場する鳥飼の男の行動が由来だろう。鳥の群れの中に1羽少し色を塗った鳥を放つと、色を塗られた鳥は同じ種類の仲間から敵だとみなされ集団で攻撃されて死んでしまう。集団の中でも、見た目やなにか違うだけで"異端"のレッテルを貼られて攻撃されてしまうのだ。

マルタ
少年は人里離れた平原の真ん中で老婆とつつましく暮らしながら、両親の元に帰ることを夢見ていた。しかしある日老婆が亡くなり、さらにランプの火を床に落として家を全焼させてしまう。当てのなくなった彼は1人両親を探す旅に出る。

オルガ
1つ目の村で彼は村人からリンチを受ける。さらには呪術師の女性オルガに引き取られてアシスタントをする。オルガは少年を悪魔・吸血鬼呼ばわりするし、村の中で少年の居場所ができたように見えて村人は常に少年を敬遠している。そしてある日村人たちから川に落とされ流されてしまう。

ミレル
流された村で農家の男性に引き取られる。とはいえ使用人が連れてきた少年を家主は敬遠し「災いを起こす」とみなされる。ある日家主の妻が使用人と関係を持っているとして、家主は激昂。使用人を暴行の上に追い出す。特にこの場面の描写は衝撃だった。少年もこの家を去ることに決めるが、最後に使用人に寄り添っていて少年のやさしさが垣間見えた。

レックとガブリラ
少年は平原の一軒家で鳥飼を営む男に出会う。この男は大酒飲みだが優しく、少年にも鳥の買い方を教える。男は浮浪している女と関係を持っていたが、この女が近くの村の青年たちをたぶらかす。その結果女は村人から凄惨に暴行され、男も女性の後を追い亡くなってしまう。
この男が少年に「塗られた鳥」を見せるのだがこの男自身"異端"とされていたのかもしれない。だから人里離れた場所で鳥飼というもうからない仕事に就いていた。少年に優しかったのも"異端"同士だからかもしれない。

ハンス
少年は森の中で骨折した馬を見つけ村へ届けるが、そこでユダヤ人としてドイツ軍将校にとらえられる。少年は射殺される予定だったが将校の好意で逃がされる。
本作で唯一善良な保護者が死なないパート。なぜ少年を見逃したか分からないが、冷酷な人々や描写が多い中でとりわけ目立った。

司祭とガルボス
その後ナチス親衛隊の処刑を免れた少年は、司祭に保護される。そこで少年は司祭のサポートをするが、ユダヤ人ということで住民に受け入れられない。さらに司祭の知り合いガルボスの元に移される。彼は当初優しかったが次第に態度を変え、ついには少年を虐待する。その後ガルボスを殺害することで虐待から逃れるが、優しい司祭が亡くなった上に住民から迫害されると受け皿をなくした少年は町を離れる。
このパートで重要なのは、少年が初めて他人に危害を加えたということだろう。虐待されさらには殺されそうになったことでガルボスを殺してしまう。優しかった少年だけど、やはりこれまでたびたび暴行されたり凄惨な光景を見てきたことが少年の心にも影響を与えてきたのだと思う。

ラビーナ
吹雪の中で少年は、ラビーナという女性の家で保護される。当初は優しかったラビーナだが、夫が死ぬと少年を性的対象として見始める。しかし少年が幼すぎてセックスの相手にならないと知ると態度を変えて少年を無視する。そのうち彼女はヤギとセックスするようになり、それを見た少年はヤギの頭を寝室に投げ込み失踪する。
これは少年に他人への不信を抱かせたパートだろう。当初優しかったラビーナを少年は信用していたが、夫の死後彼女にとって少年は自分の性欲を満たすための手段にしかならなくなった。そして少年に"使えない"レッテルを貼ると人として見なくなる。少年は裏切られショックを受けたのだろう。ヤギの頭を投げ込むという行為はラビーナへの復讐であると同時に少年の中に残虐さが育っていることの表れのようだった。

ミトカ
少年は戦争孤児としてソ連軍で面倒をみられることになり、スナイパーのミトカと行動を共にするようになる。ソ連軍の兵士たちは少年に優しく接しているが一方では冷酷さも持っている。特にミトカからは銃の扱い方と「目には目を」という教えを授けられ、住民たちをライフルで次々銃殺する様子を見せられる。そして最後には銃を授けられて孤児院へと送られた。
少年が冷酷さを授けられるパート。少年にとって兵士たちは面倒を見て構ってくれる"良い人たち"だった。実際に面倒を見て少年を裏切らない大人の存在は大きかったかもしれない。しかし彼らは直々に人の殺し方を教えるし、その後の少年の行動に大きな影響を与える。

ニコデムとヨスカ
孤児院に少年は馴染めず、脱走を繰り返す。ある日少年は差別主義者の男から暴行を受け、報復として男を銃殺してしまう。その後少年の父親が迎えに来てついに親との再会を果たすが、少年は心を開かない。その後彼は父親と街を出るのだった。
少年の再出発を描くパートだが、少年の変わりようを見せつけられる。少年の目つきは、かつての柔らかさを失い固く冷たくなっている。そして彼は遂に直接手を下して人を殺してしまう。孤児院になじめないのもこれまで子供ともに遊んだりせず、また大人たちに散々裏切られたからだろう。待ちに待ったはずの父親との再会も、父親に心を閉ざし続けている。数奇な運命が少年を変えてしまったのだ。父親が変わり果てた少年と対面しているシーンは見ていてもつらかった。
とはいえラストシーンでは、父親の腕の認証番号を見てかつてを思い出す。そして少年は自分の名前がヨスカであることを思い出す。それに彼には居場所がなく転々としていたが、ついに彼は居場所を見つけた。ヨスカとして彼は再び明るい生活と優しさを取り戻してほしい、そんな希望を持てるラストだった。

少年が出会う大人たちの中には優しい人もいるが、多くは冷酷で残虐である。少年は多くの場合人々の見せるうわべの優しさに出会い、そこから根底にある人々の私利私欲や残虐さによって追いやられる。ただそんな残虐な人々も多くは"一般大衆"なのだろう。もちろん戦争によって人々の心が荒んだせいもあるだろうが、自分たちと違う他者には"異端"というレッテルを貼って残虐に扱う。その残虐さが無垢な少年をも残虐にしてしまうという負の連鎖を生んでいるのだ。見るのは辛いが1度は見て何かを感じるべき作品だろう。

印象に残ったシーン:少年が人を殺すシーン。少年が自分の名前をバスの窓に書くシーン。
亘