開明獣

マイルス・デイビス: クールの誕生の開明獣のレビュー・感想・評価

5.0
マイルス・デイビスのアルバム、「カインド・オブ・ブルー」の第一曲目、"So what?"は、20世紀以降の音楽の中で、ジャンルを超えて必聴の曲である。

ピアノのビル・エヴァンスがその独特なリリカルなタッチで、現代音楽風の導入部を奏でた直後、氷の炎のようなベースラインが曲をドライブしていく。更にトップシンバルがクールさをいやまししていく中、唯一無二のマイルスのトーンが圧倒的音空間を形成していく。

ジミー・コブ、キャノンボール・アダレイ、ビル・エヴァンス、ポール・チェインバース、ジョン・コルトレーン、これらジャズ史上を華麗に彩る巨人達を束ねられるのは、マイルス・デイビスおいて他にはいない。この奇跡の6人が起こした、人類の至宝が"So what?"だ。

マイルスは破天荒な人物だ。その自伝でも、薬をきめまくって、白人の娼婦2人を読んで乱交パーティーしたことを自慢していたり、きわどいエピソードには事欠かない。

あの、ロバート・グラスパーが音楽を担当し、ドン・チーゼルが監督・主演を務め、マイルスに成り切った、「マイルス・アヘッド」も、一般的には評価は低かったが、マイルスらしさはよく出ていた。

私のフェイバリット・ジャズ・ミュージシャンは、稀代のテナー&ソプラノ・サックス・プレイヤーのウェイン・ショーターだが、そのウェインとて、マイルスには脱帽しかない。そのウェインと、マイルスバンドに同時期に参加していた、もう一人のレジェンド、ハービー・ハンコックが、映画「ブルー・ノート」でこう証言している。

「ごくたまに、とんでもなく音をはずしちまうことだってあるわけだ。しまったと思うだろ?ところが、マイルスはそいつを修正して音楽にしちまうんだよ。たまげたなんてもんじゃないよ」

モードジャズならではの手法とはいえ、あのハービー・ハンコックを唸らせてしまう天才の中の天才、マイルス・デイビスを知りたければ、これを観るがよい。

天才ゆえの孤独に常に魂は彷徨い、音楽を通して常人には認識出来ぬ異界と交信してきた男、マイルス・デイビス。あまりにも偉大すぎるミュージシャンの偉業に刮目して欲しい。
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