失くして分かるありがたみ
親と体と自己肯定感
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パリの深夜。医療施設から切断された右手が逃げ出す。再び自身の身体とつながりたい右手は、身体の持ち主である青年ナウフェルを捜して、ネズミやハトに邪魔されながら街をさまよう。
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2019年アヌシー賞長編アニメ部門グランプリにして、同年のアカデミー賞長編アニメ部門をトイストーリー4と争ったフランスのアニメ。
「アメリ」の脚本家で知られるギヨーム・ロランの原作「Happy Hand」を元にジェレミー・クラパン監督が長編アニメ化。独特な筆致の短編アニメを数多く作ってきた監督のタッチそのままに、監督自身初の長編デビューに挑んだ意欲作。
心に穴の空いた主人公の物語は数あれど、欠けたパーツから主人公を俯瞰する物語は珍しい。
右手が象徴するのは、幸せだった幼少期だと思う。転じて失われたモノ・取り返しのつかないコトの暗喩に見えた。
手だけがトコトコ移動するのがアダムス・ファミリーを連想しちゃう。今作だとハンドくんほど移動に慣れてなくて、右手が右手しかないことに戸惑ってる姿が面白かった。
大きな喪失を心に抱えて、日々をどうにかやり過ごす。
自分が何者かも分からず、また何者になり得るかも分からない。誰にも必要とされず、自分の人生が無価値に思えてしまう。自分の生きた証を確認するように古びたカセットレコーダーを再生する姿が痛々しい。
やる事なす事ぶきっちょで失敗ばかり、自分の都合ばかり考えてしまう主人公:ナウフェルはどうしたって孤立しちゃう。(ストーカーまがいのことするし)ちょっと優しくされると好きになっちゃうし、激痛青年がもがき苦しむ姿をヒーヒー言いながら見てた。
「ガープの世界」を未読・未見で、分かる人ならもっとこう…理解深く楽しめそうだったのが悔しい。
(以下ネタバレあり)
クライマックス。
「この世界の片隅に」のすずさんと同じく、あらゆる物を失って、生きる目的すら失ったとき、ナウフェルは必死の覚悟で彼岸へ飛ぶ。他人の評価やカテゴライズ、自分の価値といった呪いから飛び出すように対岸を目指す。ずっと欲しかったモノを手に入れるが、それすら既にナウフェルにはもうどうでもいい。
ずっと誰にも必要とされず、何の影響も残せないと思ってた青年が、一番伝えたい相手に自分の影響を残す。が、もうそこに彼はいないし、影響を与えた姿を見る必要もない。ビターで爽やかなバランスが清々しい。